漫画『おひとりさまホテル』からみえた暮らしの多様性
アラサーになり、20代の頃よりあきらかに時間が早く進むようになりました。仕事にも慣れ、友達とも遊び、彼氏はいないけど、そこそこひとりも楽しい。でも、なんかパッとしないというか、毎日が"同じような日"すぎて、仕事みたいに捌いている感覚になっていたんですよね。
そんなとき、Twitterのタイムラインに流れてきたまろさん(@ohitoritter)のツイートが目に入りました。彼女は、ひとり時間を楽しむためのメディア「おひとりさま。」を運営している編集長。ひとりホテルステイについて書かれていたのです。見かけた頃は、今ほど他県への旅行も緩和されていませんでした。パンがなければケーキを食べればいいではありませんが、県外に行けないなら県内で非日常を味わえばいい。そう思えた出会いでした。
それからというもの、月に一度は少し背伸びして気になるホテルに泊まるように。いつもと違う部屋にいると、時間の進み具合がゆったりとして、ひとりのひとときを大切にできているような感じがするんですよね。ひとりホテルステイには、変わり映えしないいつもの毎日を「特別」にする力があるのかもしれません。
このままここに住めたらいいのにな
『いつかティファニーで朝食を』のマキヒロチ先生が描く、ホテルを軸に巡る多彩な物語『おひとりさまホテル』が発売されました。
原案にはまろさんが参加。ひとりホテルステイの魅力を堪能しながら、マキヒロチ先生が描くさまざまなライフスタイルに胸を打たれます。ラグジュアリー、和モダン、シック、レトロなど…各ホテルの世界観に没入し、時間が溶けるような読後感におちいります。
人の数だけ暮らし方がある
今の時代、「多様性」という言葉がよく使われています。それは、人だけではなく、暮らしにも当てはまります。史香と同じ会社に勤める、ホテル仲間でもある中島若葉。彼女は、平日5日をホテルで暮らし、土日に実家に帰る生活を送っています。幼い頃、家族旅行に行くたびホテルから帰りたくない!と思った感情を覚えていて、大人になってホテル暮らしを実現させた女性なんです。自分の家が大好きな人には理解しがたい考えかもしれません。しかし、ときどき「家にいても帰りたい」という謎感情が湧いてくる私には共感できるというか、とても羨ましいライフスタイルです。
若葉以外にも、史香は同級生のナホの家に居候、森島賢人は男性のパートナーと同棲、キム・ミンジは韓国出身で日本に来て10年など、多種多様の暮らしが描かれています。彼らの生活から起こる葛藤や心の動きが微細に描かれていることで、本作の多様性や在り方に対する受容を感じます。
ひとりホテルステイは「特別」で楽しい時間
史香の年齢である30代前半は、私も例に漏れず、20代の頃に感じていた結婚の縛りやら焦りからいい感じに解放される頃。決して諦めとかではなく、親や世間の声に向いていた耳がようやく「仕事を頑張りたい」とか「思うままに生きたい」とか、そういう自分の本音に向いてくるときなのです。ひとりに慣れてくるというか…。自由だし、楽しいとも思うのだけれど、それってときどきものすごく物足りないときがあるんですよね。でも、ひとりでも満足する方法はたくさんあるんです。ホテルステイもそのひとつで、スタッフさんと話せば楽しい時間を得られるし、街のことも食材の知識ももらえる。それはもしかしたら、ひとりならではなのかもしれません。
例えば、本作で紹介されている「佐原商家ホテル NIPPONIA」。佐渡の町は宿場だったため、旅籠や酒場や遊郭でとても街が賑わいました。この背景を知って、史香は「ホテルがきっかけを作れるっていいな」と自分のホテルを作る仕事を想いながらしみじみと浸ります。また、ホテルの企画を立てている賢人は、「こういうホテルを作れるの羨ましい」と胸を熱くしている。知らない場所でひとつひとつに感動して向き合える時間は、とても贅沢な時間です。そして、ホテルは史香たちのような"誰か"が作り上げてくれた空間。他人の熱い想いが込められた空間は温かみがあって、思わず身を委ねたくなります。これが「特別感」の正体なのかもしれません。
全部の空間と時間をひとりじめできるのが、ホテルステイの一番の醍醐味。でも「特別」を幸せに思うのは、踏ん張るいつもの日常があるからこそ。いつもの日常に疲れたらこの漫画を持って、ちょっといいホテルでおひとりさまを楽しむことにします。