バラと入道草 b1
立川 Y 生桃
ミユちゃんのおうちの庭は、一面 まっ赤なバラのお花畑。お隣のあゆ君のおうちの庭は、入道草という緑色の薬草でいっぱい。
あゆ君とミユちゃんは、いつもとっても、なかよし なかよし。春の お日様もいっしょになって、ぽかぽか ぽかぽか。
しぃーっ。
なのにね。あのね……けんか しちゃったの。あゆ君とミユちゃん。
小学校からの帰り道でした。
「あゆ君ちのお庭もお花畑にすれば、きっと きれいになるよ。バラのお花畑でおそろいにしましょうよ。」
ミユちゃんがいつもの元気な笑顔で言うと、
「入道草は薬草だもん。役に立つもん……」
と、あゆ君は 弱シッポみたいな小さな声で答えました。
「でも、バラのほうがきれいでしょ?」
いっしょうけんめい ミユちゃんがたずねると、
「入道草は、血が出たりしたらすごい役に立つんだもん。」
あゆ君。下を向いたまま石ころコツンと蹴りました。だから、ミユちゃんも今度はアユ君に合わせた小さな声で、
「バラっていい匂いよ。だけど、入道草って少し変な匂いがするもん。ぜったい、バラのお花畑が——」
そこまで言ったとたん、
「いいもん! ミユちゃんなんか嫌いだもん!」
と、あゆ君が急にお顔を上げて大きな声で言ったから、ミユちゃんは驚いて悲しくて、あゆ君の目の前でシクシク泣いちゃった。
あゆ君は走っておうちへ帰ったよ。おうちへ着くと、ランドセルをポンッて投げ捨てて、おかあさんのお尻にピョンと飛びついて、そしてワンワンワンワン泣いちゃった。
その夜のことでした。
ミユちゃんのお庭の一輪のバラと、あゆ君ちのお庭の一草の入道草が、お月様の光に照らされて目を覚ましました。
「どうして あゆ君は ミユちゃんをいじめるの?」
「僕のことを臭い と言ったじゃないか。」
「だってそうじゃない。ミユちゃんの言うとおりよ。あゆ君のおうちの庭も、お花畑にしたほうがずっと素敵になるわ。」
「僕は薬草なんだ。人の役に立つ為に生まれて来た草なんだ。」
「ウソ。誰もそんなこと知らないわ。」
「すりむいて血が出ても、ボクはその傷を治せるぞ。君はそのトゲで人を傷付けるじゃないか。なんの役にも立たないじゃないか!」
「私はいい香りがするわっ。人の心をなぐさめることができるの。あなたは、とっっても嫌な臭いがするだけじゃない!」
「なんだと! おまえなんか嫌いだ。」
「なによっ。あなたなんか大嫌い!」
(バラ サンモ 入道草君モ オ待マチナサイ)
その時。お月様がお空の上から おっしゃられたのです。
「お月様。私が悪いのですか?」
「お月様。僕が悪いの?」
バラも入道草も、お空を見上げてお月様に聞きました。
(ドチラガ 良イ悪イ ノデハ ナイノデス。今ノ アナタ達ニハ、ソレガ分カラナイ カモ 知レマセンネ。デモ、イツカ、キット 分カリ合エル時ガ 来マス。)
「でも。僕の命はこの一夏かぎりだよ。」
「私だってそうです。この一夏かぎりで枯れ果ててしまいます。」
すると。お月様は輝きながら ほほ笑んで言われました。
(ソレデモ 大丈夫。分カリ合エル日ハ 誰ニデモ必ズ ヤッテ来ルノデスカラ。)
……五年。……十年……。
それから、二十年の時間が流れていきました。
ミユちゃんの本当の名前は、『美幸』と言います。あゆ君の本当の名前は、『鮎太』と言います。大きくなった鮎太君と美幸さんは結婚して、いつも一緒のおうちに住んでいます。
今。
鮎太君と美幸さんは、紅茶を飲みながら、昔のなつかしいアルバムを見ています。
ページをめくると、頭に包帯を巻いた あゆ君が バラの花束を抱えてⅤサインしています。ページをめくると、小指に入道草の葉っぱをまいたミユちゃんがベソをかいています。鮎太君と美幸さんは顔を見合わせて笑いました。
すると。
その笑い声に混じってどこからか、あのなつかしいバラと入道草のおしゃべりが聞こえてきたのです。
「ネェ、薔薇サン。僕ノ名前ハ、本当ハ(ドクダミ)ッテ言ウンダ。汚イ名前ダヨネ。僕ハ 意地ヲ張ッテ悔シカッタカラ、君ニ ヒドイコトヲ言ッテシマッタンダ。ゴメンネ。」
「イイエ。私ハ 夏ノ 或ル日。貴方ガ 真ッ白デ 可愛イ花ヲ 咲カセタノヲ 知ッテイルノ。ソレニ、本当ハ、謝ルノハ 私ノ ホウナノ……」
「ドウシテ?」
「私ノ棘ガ ミユチャン ノ指ヲ 傷付ケテシマッタ時、ソレヲ 治シテ下サッタノハ、入道草君 アナタデシタ。アリガトウ。ソシテ、本当ニ ゴメンナサイ……」
「薔薇サンコソ。アユ君ガ入院シテイタ時、薔薇サンノ甘イ香リガ アユ君ノ心ヲ ソッ ト ナグサメテ クレタンダヨ。」
「入道草君。私達ハ、キット オ互イヲ 分カリ合ウ為ニ、アノ時 ケンカ シタノヨネ。」
「ウン。僕達ハ、アノ時 ケンカ ヲ シタカラ、本当ノ ナカヨシ ニ ナレタンダヨ。」
お部屋の中を見渡すと、白い漆喰の壁の高いところです。薔薇のドライフラワーと入道草の陰干しが隣同士、なかよく一緒にほほ笑んでいました。
(了)