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ユーモレスク 3
1章 アルツとオグリ(3)
tatikawa kitou
児童たちはその賭博行為を『パッチン』と呼んだ。
石段の上にカード(質札)を1枚から数枚束ねて置き、それを手持ちのカード(打札)を石面に打ち付ける。その風圧で質札が段の下に落ち、裏に引っくり返れば、打った者のものとなる。
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アルツとオグリは上級生の『パッチン』の見物客になっていた。ある日。いつもの通り、そこにたんまり並ぶカードの行く末に羨望の眼差しで追う二人に、二個上(五年生)のイクタが誘ったのだ。
「お前らも『パッチン』せえや」
「カードを持っちょらん」
二人ともイクタの目を真っ直ぐ見た。
「1枚もか?」
二人同時にうなだれるように頷いた。
「おれの、ぶちええカードとノコギリ一匹と交換せえや」
イクタは地銀の支店長の息子で、校内一太っちょで、しかも『パッチン』も校内一上手い。されど、実は、アルツとオグリもクワガタ獲りの名人として一部の上級生たちから一目置かれていた。
初夏。誰も彼も皆男子はクワガタという昆虫が好きだった。流行りの仮面ライダーと匹敵するほど、ロングセラーのノコギリクワガの人気は盛夏に高騰するのだ。イクタは、先物の夏のノコギリクワガタ一匹と今のライダーカード1枚を交換しようと持ち掛けたのだ。
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「できん!」
二人とも機敏に鋭く首を振った。クワガタを卸す店の店主と「子供同士で売り買いしない」と契約している。
「じゃあ。このカード300円じゃ」
通年のノコギリクワガタの相場価格を提示してきた。
「高過ぎじゃ」
オグリが吠えると、アルツも継ぎ足した。
「ノコ(ノコギリクワガタ)と同んなじ値段じゃが、ぼくら店に300円で売っちょんじゃない」
「知るか。おれらが買うノコと、このカードが同じ値打ちがあるから300円じゃ言うんじゃ。あんなぁ、このカードは珍しいカードなんじゃ。仮面ライダーがおらんショッカー(怪人の手下)だけのカードは滅多とないんじゃ。300円くらいの価値はある」
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(なるほど…)
イクタを背に相談した。
「ライダースナックが10個買えるぞ。じゃあ、カードが10枚じゃ」
「じゃが、菓子は潤うてもう喰えん。そんなんしとうないのう」
「菓子付きでカード1枚30円。カードだけで1枚300円。おかしゅうないか?」
「じゃが。おれらはカードが欲しいんじゃ。パラパラ菓子はもう要らん。よう食べんのじゃけぇ」
「確かに。それにイクタはそんだけ価値のあるカードじゃ言いよう」
「売るんじゃなし、交換じゃけぇ、ええか」
(買った!)
イクタは言った。
「お前らじゃけぇ、おまけじゃ。もう1枚付けちゃる。質札も無けりゃあ『パッチン』出来んじゃろ?」
やはり、ショッカーカードだった。
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「ありがとう」
損も得もした気分だったが、何よりましてイクタの思いやりが嬉しかった。
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