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ユーモレスク 6
2章 オグリの基地(1)
tatikawa kitou
よく昭和の子供は「基地」を作って遊んだ。
土手の傾斜を利用して茅葺の小屋をこしらえたり、どぶ川の橋の下に居を構えたり、ここを拠点に「探検」と称し物資調達と言っては公園で軟式ボールを見つけ資金調達と言っては自販機のお釣りレバーをしゃにむに回した。「探検」でそうして見つけた宝物をとにかくそこへ持ち込むのだった。
五月のゴールデンウイーク。四年生になっていた二人は互いの「基地」を教え合った。
オグリの「基地」はいわゆる防空壕の跡だった。小学校裏の「百年の森」と銘打たれたクヌギ林の西端は断崖絶壁になっており、崖伝いに杭が打たれ十数メートルに渡りロープが張られている。
ロープには「危険!立入禁止!」と書かれた杉板が無造作な間隔で吊るされてあるが、オグリは言った。
「ここを下りるんじゃ」
「どうやって? 飛び下りるんか?」
オグリはニッとえくぼを浮かべると、三、四歩歩き1本のクヌギの木の前にしゃがみ込み、根元の木の葉を両手で搔き分けた。すると、幹に巻き付けられたロープが見えた。十分な長さのロープがとぐろを巻いている。
「たぶん、ここにロープを張った人たちがアホじゃけぇ、残りを忘れて帰ったんじゃ」
「オグリが木に結び付けたんか?」
オグリが白い歯をこぼして頷いた。
「下まで5メートルくらいあるっちゃ。先に下りるけぇ、見ちょき」
オグリはロープをしっかり握りしめてぶら下がり、足で壁を蹴り、壁から体が離れた間は手を緩め、また壁に体が近づくとロープを握りしめて壁を蹴り、という具合で下りて行った。とうとう下へ到着するとアルツを見上げた。
「下は地面がフワフワなんじゃ。途中で落ちても大丈夫じゃ。アルツ、下りてきィ。ちょうどロッククライミングの要領じゃ」
アルツはオグリの見よう見まねで挑戦した。初めてなのにオグリに負けず劣らず上手くやれた。
ア「ほんとじゃ。ふわんふわんじゃ」
オ「アルツは頭もエエけど、勇気もエエのぅ」
オグリが褒めた。ニコッ、とアルツは笑った。
その地面は幾層もの腐葉土に覆われて、その上からまた新たな落葉が積もっていた。
ア「ここは、どこなんじゃ?」
オ「昔の防空壕の跡じゃ」
ア「防空壕?」
オ「戦争の時の逃げ場所じゃ」
ア「オグリ。賢いのぅ」
オ「おれ、ここで寝転がっちょるだけでエエ気持ちになるんじゃ」
オグリがとアルツは腐葉土のクッションと新しい落葉のシーツの上に寝転んだ。天上をクヌギの枝葉があらかた覆い、洩れる光が眩しくも暗くもなくほどよい。
ア「なぁ、オグリ。防空壕って洞穴になっちょるんじゃろ? 中はもう破壊しちょるんか?」
オ「よし。今から探検じゃ。アルツ。起きっ」
立ち上がった。
オ「あれじゃ」
オグリが指さした。
断崖絶壁の壁面に50センチ四角の壊れかけの祠がある。相当に古い。二人揃ってしゃがんだ。目線と同じ高さの社だった。幅も骨盤くらいだ。祠の真ん中に合掌開きの扉があった。アルツは触ってみた。社の外郭もボロボロで朽ちかけていたが、この扉だけはまだしっかりしている。
オ「アルツ。この扉の奥が洞窟なんじゃ。力づくで開けてみィ」
ア「洞窟? ほんとうか?」
オ「ほんとうじゃ」
ア「よし。おれ開ける」
アルツが扉の取っ手を握りしめ、力づくに引っ張った。ところが、引けない。びくともしない。念を込め唸り声を出したが、それでもだめだった。
オ「アルツのパワーでも無理か。おれのパワーでも無理なんじゃ」
ア「どうする?」
オ「見てみ、アルツ。アルツの分も持って来たっちゃ」
ア「なん?」
オ「『ドングリ』と『シイの実』と『レンゲ』じゃ。これが扉の鍵じゃ」
ア「どうやるん?」
オ「教えちゃる。ええか。最初に『ドングリ』をポイッ、って撒いてん」
アルツは、オグリから手渡された一粒のドングリを地面に撒いた。
オ「よし。手を二回叩き。柏手っちゅうんじゃ」
アルツは言う通りにした。
オ「よし。今度は『シイの実』をポイって撒き。それで二回柏手」
アルツは同じようにした。
オ「最後じゃ。レンゲをそっと置き。そして二回柏手じゃ」
アルツはその通りにした。
オ「……」
その時、オグリがなにかを囁いたがアルツには聞き取れなかった。
オ「じゃあ、そっと扉を引いてみィ」
アルツは引いてみた。扉が開いた。引けた。
ア「開いたっちゃ! なしてじゃ?」
オ「わからん。じゃが、そうせんと開かん」
オグリの言う通り扉の奥は洞窟になっていた。アルツはその中を覗いた。