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Googleマップで異世界に迷い込んだ話
ワクチンを打って3日目の月曜日である。
発熱が続き仕事を休んだ。
しんどいもののもう数日寝てばかりで暇である。食料の調達がてら軽く自転車で出かけることにした。幸いにも天気は晴れである。
私は前々からダイソーに行きたかった。ダイソーとはどこにでもあるあの有名な百均である。
足を伸ばせる範囲のダイソーをググると徒歩25分程度の位置にダイソーがあるようである。チャリならだいたい15分くらいで着くであろう。ママチャリでのサイクリングにピッタリである。
越してきて約2ヶ月、まだよく知らぬ街で出かけるため必須となるのが我らがGoogleマップである。
私は方向音痴である。
しかしそんな私もGoogleマップさえあればどこにでもいける。
だいたい目的の方向へ向かい、困ったらスマホをもってクルクル回ればあの青い方向を示してくれるヤツが己の向かうべき方向を教えてくれる。有難い文明の利器である。
家を出る前にGoogleマップで目的地へ向かう目印を記憶する。チャリで走りながらスマホを見るのは危険だからである。
①家を出て左手へ進む
②橋を渡る
③店の向かいに公園があるらしい
家を出て左手へ進み橋を渡る。一本道であり複雑ではなかった。
川辺の堤防から見下ろすと一面に民家と田んぼ道が広がり、チャリ10分程度の移動で一気に長閑な景色が広がってしまった。
平屋の古いお家が立ち並び、点々と林のように木々が生い茂っている。細い路地も相まってタイムスリップしたかのような風情ある住宅地だ。
青々とした木々の緑。川の流れる音。焦がれた夏の田舎の景色。
ほのかに残るダルさやダイソーという目的がなければこのままチャリを引いて散歩したいくらいである。カメラも持ってくればよかった。
暑いので木陰に寄ってGoogleマップを見る。
Googleマップの言う通りに橋を渡ったので、今いる川辺の堤防沿いを下ると公園があり、その向かいがダイソーだという。
もうすぐそこである。その方向を見やる。さきほど長閑さを堪能した古い緑多き住宅地である。
景色を二度見しつつGoogleマップで自分の現在地を確認した。
目的地と現在地にズレはなし。
正直とてもじゃないけどこんなところにダイソーはないだろうと思うがGoogleマップがあると言うのでたぶんあるのだろう。
スマホをしまい、チャリでゆっくりと堤防沿いの坂道を下る。
少しの遊具と沢山の木が茂った小さな公園があった。
Googleマップの言う通りである。
Googleマップが示すに、もう今見ている公園のすぐ向かいがダイソーである。ダイソーは見当たらん。
Googleマップを拡大するとダイソーの反対側に回れるほっっっっっそい路地がある。車は通れない。人一人通るので精一杯な路地であった。
ここにきて私はGoogleマップのナビを作動させた。あっちに曲がれこっちに曲がれと音声や矢印で教えてくれる機能である。
混乱のまま、片手にマップを開いたままチャリをゆっくりと引く。
恐る恐る細い路地に入る。
細い路地に入ると、時が止まったような気持ちになる。
知らぬ人の暮らしと、積み重ねられた時間に四方を囲まれて、閉じ込められられたような感覚に陥るからだろうか。無意識に五感が研ぎ澄まされるからだろうか。
古い民家の生垣が夏らしく茂っている。木漏れ日がきらきらと道と私のスマホを照らす。雨上がりの緑と土の匂いに混じって、どこかのお宅から煙草の匂いが流れてくる。雨が多かったからか民家の塀や道の影には苔がむしており風情を演出している。黒い羽をしたトンボが2.3匹、チャリを引く私の周りをヒラヒラと舞う。黒いトンボなんて珍しいな、なんだか幻想的だ。でもちょっとトンボ怖いな、3びきもいるしな、顔には飛んでこないで欲しくて小さく首を振るうちに黒い影は空へと舞い上がり消えた。
そうして路地を抜けると小さな公園があった。少しの遊具と沢山の木が茂った小さな公園だ。来る時に堤防から下って辿り着いたさっきの公園だった。
わけがわからなくなって、堤防への道を登った。
夏の終わりがけの青空と、来る時に渡った橋が見える。
めっちゃ暑い。
来た時に寄った木陰に入り、Googleマップを見た。
ダイソーのあるはずの場所をぐるりと細い路地で一周したようである。
でも一周したのは古民家群落の周りであり決してダイソーではない。
来た道を引き返して家に帰った。
橋を渡った先にどこか懐かしい異世界じみた景色で、時の流れに閉じ込められるような感覚。なんだか戻れなくなりそう。焦がれてもう一度訪れようとしたら二度と辿り着けない、みたいな。
夏だな、と思った。
そして、方向音痴の頼みの綱であるGoogleマップは信じすぎてはならない。
この夏一番のホラーである。