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「それでは、」を聴いて見えた世界

あたたかな日差しに
ひれ伏すとき
あなたは揺らめく
わたしを導いた

なにもない荒野は
このわたしは
ありあまるほどの
果実に口づけた

愛がただ
大きなその手を広げ待つ丘は
まだまだ
靄が邪魔をするけれど

秋風が
雪にかき消されて
荒んだこの地に
もうすぐ春が来る

真っ直ぐな小径
曲がりくねった坂道
いつか行き着く
場所はたった一つだけ

会いに行く
幾重の闇を超えて
微笑み湛えて

それでは、お元気で
藤井風「それでは、」

_______________

静かにゆっくり目を開けた時、私は夜明けの海に揺れていた。
薄明の空がどこまでも広かった。
冷たくもなく、苦しくもない。
ただ、頭の中で波の音がした。

静かにゆっくり目を開けた時、私は砂漠の上に立っていた。
どこまでも地平線が続いている。
暑くもなく、疲れてもいない。
ただ、何かを思い出せなかった。

静かにゆっくり目を開けた時、私は誰もいない渋谷のスクランブル交差点にいた。
驚くほどひっそりしている。自分の心臓の鼓動がひどく鳴る。
怖くもなく、興奮もしない。
ただ、独りだと思った。

その時、頭の中に浮かんで消えていくのは、ありきたりの風景だった。

道端にある小石。隣の家の焼けた魚の匂い。
何年も前に家族で行った旅館のご飯の写真。
メモ帳のはじっこに殴り書きした、いつかの誰かの名言。
ふとした時に思い出す、あの子の手の柔らかさ、僕の吐息。
引き出しから出てきたレシート。
忘れたくなかったのに、もう思い出せない先輩の引退試合。
今は売られていないコンビニスイーツ。
電車から撮影した、河川敷の夕焼けの動画。

何もかもなくなった時、そこにあったのは、なんでもない日常の無意味な破片だった。
どうしようもなく、泣きたくなった。

ずっと独りだと思っていた。
だけど、すぐそばにあるありふれた生活は、私の人生であり、
誰かの生きている道だと思った。

東京の空も、思っていたよりずっと星が見える。
シロツメクサの匂いは、最近初めて知った。
私たちはみんな独りで、苦しくて、寂しくて、だから一人じゃなかった。

目に見えない。音に聞こえない。確信もない。
でも、繋がっている。

私たちは、生まれた時から一つだった。

そう祈ろうと決めた。

______________

静かにゆっくり目を閉じる。

深く、深く、時間をかけて息を吸う。
時を止める。
少しずつ、肩を下ろして全て吐く。

静かにゆっくり目を開ける。

帰ろう。私の元いたあの場所へ。

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