私にいちばん贅沢な暮らしをさせた、1年未満の男の話
ある種の物事は、それが終わってから長い年月を経て、初めて言語化できるようになるのだと思う。
私の場合、それが良くも悪くも鮮やかな出来事であるほど、消化するのに時間がかかる気がする。
感情が揺さぶられることがわかっているから向き合うことができず、目につかない場所に放り込んで蓋をしておいた思い出がたくさんあるのだ。
そういう思い出の破片は、ふとした時にフラッシュバックし始める。
色のない日常の狭間に、不意に顔を出すのだ。
まるで正当な弔いを催促するみたいに。
そんな時、私は重い腰をあげて、それらを紐解くようにしている。
彼らは語られたがっているのだ、たぶん。
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私がその男と暮らした期間は、(正確に覚えていないのだけど)おそらく1年にも満たなかったと思う。
別にたいした男ではなかった。歳も離れていたし、お腹もちょっと出ていた。顔がいいわけでも大金持ちというわけでもなかった。
でも私のほうから彼に言ったのだ。「あなたと一緒にここに住みたい」と。
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当時の私は訳あって、ヨーロッパのとある主要都市にいた。治安の悪いスラム街のボロボロのアパートに、中欧から出稼ぎに来た貧困層の人たちと住んでいたのだ。深夜のバイトからの帰り道にバスを降りると、必ず知らない男に後をつけられるような街だった。
節約のための選択だったけれど、私の精神状態はもはや限界で、一刻も早くそこを抜け出したいと願っていた。
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