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収穫と自家採種

収穫

2024年10月5日より収穫を始めました。
稲を観ると、葉はまだ青々として最初に出た穂よりも小さくなってきてはいますが、新しい穂を出して育ててくれています。
周りの田んぼの稲は、「稲の生長」の記事で書いたとおり、穂だけでなく葉も黄色になっています。僕の田んぼと見比べてみると、周りの田んぼはコンバインが入れるように、水を切って田んぼを乾かしていますが、僕の田んぼは水を溜めたままでした。
田んぼに水を溜め続ければ、稲はまだ元気に穂を育ててくれているのに、稲を刈り取ってしまうようなことは僕にはできず、熟した穂だけを摘み取っていくことにしました。
稲の体力をできるだけ奪わないように必要な穂だけを摘み取るようにして、葉や余分な茎を切り取らないように注意しました。
また、穂を摘み取る方法で収穫する場合は、稲を倒してしまってはいけないことを痛感しました。
幸いなことに、稲の収穫期が過ぎても用水路に水が流れており、僕の田んぼの隣で畑をされている方からもご理解いただけたので水を溜めることができました。本当にありがたいことです。

穂を育てている稲(2024年10月2日撮影)

摘み取った穂は、木箱に入れて一晩乾燥させました。翌日、脱穀した籾がコンテナから飛び出しても拾いやすいようにネットを敷いて、コンテナの中でペット用の鉄櫛で脱穀しました。そして、脱穀して空いた木箱に新たに摘み取った穂を入れて一晩乾燥させて、翌日脱穀する…ということをひたすら毎日繰り返しました。

2024年10月8日撮影


2024年10月9日撮影


僕が1日にできる限界は、穂の摘み取りできる稲株は100株程度で、脱穀は籾で2㎏程度でした。約4200株全ての稲から穂を摘み取りをするのにかかった日数と収穫量は、1周目は約40日間で籾付約67㎏、2周目は約30日間で籾付約40㎏、3周目は約25日間で籾付約7㎏でした。玄米だと90㎏少しの収穫だと思います。2周目で大部分の穂の摘み取りは、終わりました。3周目に入った12月の中旬以降は、水が冷たく足の指を傷めてしまうので、1~2列ずつ収穫した結果、日数がかかりました。
穂の摘み取りは、この摘み取りが終われば、次はいつ頃摘み取りできるのか見通しが全くつかなかったので、もう少し待って収穫してあげたいという気持ちと今収穫しなかったら時間が経ちすぎて、最悪穂が垂れて水に没してしまうという気持ちが生じて迷い、摘み取る加減が難しいものでした。
また、収穫するきっかけとなった穂発芽ですが、激増するということも特にありませんでした。
このように、収穫はとてつもなく時間がかかりますか、収穫に時間がかかっている間に、稲たちは新たに穂を出したり、熟していなかった穂を育てたりしてくれていました。
そして、悩んでいたはざ掛けや、脱穀後に籾をどのように持ち帰るかについても、必要な穂だけを摘み取るので木箱で乾かすだけですみ、収穫に日にちをかけることで、自転車でも持ち帰れる重さになりました。
僕は、生長していく稲を観ていると、稲刈りせずに稲たちが穂を育てるペースに合わせて収穫して、稲の葉や茎は刈り取ることをせずに、自然に任せて見守りたくなっていきました。僕一人で収穫できるペースには限度がありますので、稲たちのペースに合わせ切ることはできませんでしたが…。

収穫前の稲(2024年10月1日撮影)


1回目の穂の摘み取りが完了した稲(2024年10月7日撮影)


1回目の穂の摘み取りから1ヶ月経った稲(2024年11月7日撮影)

籾摺りだけは、人力ではできないと思い、大竹製作所の籾すり機 -ミニダップ-FC2Rという籾摺機を購入しました。はざ掛けしないで、短期間の乾燥のみで籾摺りすると籾に水分が多く含まれるかと思い、水分量の影響が一般的なローラー式の籾摺機より少ないインペラ式(風の衝撃を籾に当てて玄米と籾殻に選別)の籾摺機にしました。実際に籾摺をした印象としては、籾殻がついたままのものが玄米に少し混じりますが、僕がいただく分をその都度籾摺することもあり、手で選別できる量でとても助かっています。


お米の収穫後、大麦を育てようと考えていた時期がありました。大麦を育てるには、稲が育っている環境と反対の乾いた環境にする必要があります。そのため、少し涼しくなった2024年9月23日から少しだけ排水パイプ開けて排水し、2024年10月21日まで田んぼを徐々に乾かすために水を入れませんでした。水をどれくらいの期間入れなかったら、田んぼが乾くようになるのかは未経験でした。乾きやすいところは、カラッカラッになるまで乾燥はしませんでしたが、地面にヒビが入り湿っていました。一方で、たんぼのお手入れをしたときに瓦が出土して、水が涌き出るようなところは、水気が多く乾きませんでした。穂を育ててくれている稲に水を入れてあげなかったことは申し訳なく思いましたが、代掻きのときにたんぼの土を移動させて柔らかく不安定になってしまっていたので、一部でも乾かして土を固くすることができて良かったとも思いました。大麦を育てようと考えていましたが、10月下旬になっても稲は葉を青々とさせて穂を育ててくれていましたので、水を溜めたり、乾かしたり切り替えせずに、稲、海老芋と赤芽を育てるために水を溜め続けようと思い、再度水を溜めていきました。
穂の摘み取りをしていると田んぼの中で稲株がない窪みを見つけたので、近付いて見てみると、アライグマだと思いますが、動物に稲が倒されていました。また、11月に入ると、しがんで食べられた穂も多くなってきました。

(2024年10月31日撮影)
動物に倒された稲(2024年11月4日撮影)


畦道についた動物の足跡(2024年11月5日撮影)


畦道についた動物の足跡(2024年11月5日撮影)

メダカが田んぼの中を泳いでいました。


稲の多年草化

以前、多年草化した稲の動画を見たことがありましたが、稲は1年毎に育てるものだと思い込み、その時は特に興味はありませんでした。しかし、穂を摘み取る収穫をしていくと、稲の多年草化について興味が湧き始めました。大阪は比較的温暖な気候のため、この田んぼの稲も、水を溜めてできるだけ寒くならないようにすれば、冬を越して来年も生長してくれるかもしれないと思うようになりました。
そこで、神奈川県で稲を多年草化させて育てられている小川誠さんの著書「稲の多年草化栽培 小規模自給農への新たな道」を読んだり、ネットに掲載されているもの調べたりして、多年草化した稲のことを私なりに調べてみました。私が調べた限りでは、屋久島で稲を育てられている方を除いて、多年草化した稲は穂を出すのが早いそうで、一時的に穂を摘み取ることはしても、最終的には稲刈りをされていました。
僕が実際に稲を観て感じるのは、収穫をするために田んぼの水を切ったり、稲刈りをしてしまうと、稲の生長できる機会がなくなってしまうと感じます。気象条件にもよるとは思いますが、今年は12月の上旬くらいまでは、葉が青々としているものが多くありました。
稲が多年草化できるようにするには、稲刈りせずに水を溜め続けて、稲が可能な限り生長できるように、また冬を越すための体力が奪わないようにする必要があると思います。
また、稲藁は、分解するのに時間がかかるといわれていますが、稲刈りせずに自然に任せて枯れた稲の葉や茎は、風雨や太陽の光に当たって分解されやすいと思います。


自家採種

当初はお米としていただく穂を摘み取りながら、自家採種用の穂も同時に摘み取っていました。しかし、できるだけ熟してから採種した方がよいとのことで、1周目の中盤にさしかかる頃から麻紐で穂を結び、2周目以降の収穫で穂の枝梗が黄色になってから摘み取ることにしました。
僕自身初めての収穫で、1周目の摘み取りということもあり、全ての稲の状態を観ていないなかで、どの穂を自家採種用の穂にするべきか、とても迷い時間を要しました。
病気になっていないできるだけ多くの稲から、自家採種用の穂を摘み取ること、掌サイズくらいの穂で、穂の枝梗が太いものと考えていました。また、倒れてしまった稲が多いところで倒れずに過酷な環境で生長してくれた稲からも自家採種用の穂を摘み取り、それ以外の自家採種用の穂と区別して保管しました。
最初は、あれこれ頭で考えていましたが、1株1株、稲の状態を観て穂を摘み取っていくうちに、直感的にいいと思うものから摘み取るようになったと思います。
自家採種用の穂は、脱穀せずに紙袋に入れて自宅の暗所で保管しています。脱穀しない理由は、2次枝梗の種籾を除き、穂の先端から3割程度の種籾を手で採種して、できるだけ熟した種籾が採取できるようにするためです。
2次枝梗とは、種籾をつける穂の1次枝梗から更に枝分かれした枝梗のことです。穂は先端の種籾から熟していき、また、1次枝梗の種籾から2次枝梗の種籾の順に熟していきます。
そのため、例えば、穂の一番下にある2次枝梗についた種籾が実らない場合は、それより上にある2次枝梗の籾で実っていないものは、いくら実るのを待っても実らないということになります。穂の摘み取りの時にその事を意識して収穫していました。
また、自家採種用の穂の摘み取りを終えたとき、江戸時代の農書に雄穂と雌穂という穂があり、雌穂から自家採種した方がよいという紹介記事をネットで見て、自家採種した穂を雄穂と雌穂に分けて整理しました。割合は雄穂の方が雌穂より多かったです。


2025年1月27日撮影


2025年1月27日撮影