海が優しかった日
『また痩せたね』『骸骨(ガイコツ)にそっくり』…と
知人達の軽いジョークに釣られて僕は、いつものように笑っている。
深い憂慮の言葉かも知れないが、確かに僕は骨と皮だけの骸骨だ。
指先ひとつで一瞬に、堤防から海へ弾き飛ばされてしまう。
この世に嫌いな食べ物は何ひとつ存在しない “ゲテモノ食い” のはずが
食糧難とはお気の毒。
このところの急速な寒さに僕は、いたたまれない何かを感じていた。
この世に生きてこのかた、ひとりきりの何度目の冬を迎えたことだろう。
大きな置いてきぼりを食わされている現実に
気付かないふりをして十数年。
何があっても『平気だよ』と、僕は口癖を連発するばかりだった。
歯を食いしばり、懸命に生きてきた証しだったとも言える。
言葉を変えれば、ただの “強がり屋”?
それは、百も承知だけれど…。
季節の変わり目に、心の準備が何も出来ていないのは仕方がないか。
空腹のあまり、白い息まで綿菓子のように見える。
消えないうちに、しっかり かぶりついてみた。
2~3秒の間だけ、何かを食べたような気分に浸れた。
そのあとはもっと、刺すように頬が冷たい。
故郷の港を駆け巡る北風よ。
なぜにいつも、 ゴオゴオと吠え続けているのか?
鳴り止まない海鳴りのように
炎天下の真夏でさえ、それは例外ではなかった。
そう、吹き荒れる北風は僕の心……。
いつになく激しい日は、それ以上に強い心で
持ちこたえていただけのこと。
本当は北風よりも
『孤独』と言う名の 寒さのほうが、骨身にこたえる。
身も心も寒いなら、そんなとき
人はどうやって、寒さに立ち向かっているのだろう?
どうやって、寒さから逃れているのだろう?
夕暮れ時の港――。
家路を急ぐ数隻の漁船。
ポンポンポン。ポポン。ポポン。ポンポンポン。ポポン。ポポン。
静かな港をにぎわせて、船は一日の疲れを癒やしに帰って来る。
母親に背負われて、真っ赤な頬のあの子は幾つかな?
とても幸せそうに。
いつもながら、僕に話しかけてくれる カモメ達。
君たちの可愛らしさに何度、なぐさめられたことか。
でも、カモメよ。
君たちにも帰るところがあるのだね。
誰ひとり、取り残される者はいない。
人は皆それぞれに帰る場所がある。
温かく迎えてくれる母や父や家族。
もの寂しげな波の音までが、僕には恋しく感じられた。
たとえ傷ついて、どこかへ逃げ帰ることがあっても
誰が受け止めてくれるのだろう。
やせこけた僕など。
南の沖合いへ細く突き出た波止場。
その先端には、古い石灯篭がある。
子供の頃、波止場のあたりでよく遊んだっけ。
勝手に漁師の船にまたがって、どんぶらこどんぶらこ。
行先は、対岸の遊び場や、遠くの空…。
頭の上の飛行機ぜんぶに『お~い!』 なんて
手を振っていた幼さは、どこへ行ったのやら?
(追いかけて、這いつくばって、転んででも、あの頃に帰りたい…)
海に面した蛭子神社で、子供らしく、いつも遊んでいたよね。
天神山には、沢山の秘密基地を造ったよね。
冒険隊の気分で、何度も大谷川の川登りをやったよね。
竜山公園では、夏休みに肝試しをやった。
巨大なタンカーを眺めながら皆勤橋まで、駆けっこもした…。
毎日毎日どろんこになって、我が家まで走りながら帰ってきたものだ。
あの頃…、夕焼け雲がお花畑のように見えた。
目の前の海が、宝石のように輝いていた。
あの頃と、いつから、どこが、違ってしまったのだろう?
故郷を離れて暮らしたことがある。
それでも、自分が落ち着ける場所は、ここしか無かった。
故郷の港。 故郷の川。 故郷の山。 故郷の神社。 故郷の小学校…。
どこを尋ねてみても、思い出がよみがえってくる。
幼い僕を、いつも見守ってくれた故郷よ。
過ぎてしまった日々が、とてもなつかしい。
今年一年、自分は何をしていたのだろう?
去年と言い、おととしと言い、たいして変化のなかった毎日。
無抵抗なマリオネットが、哀しい物語を演じ続けたように
一年は強引に通り過ぎてしまった。
マリオネットは、そのおかげで継 (つ) ぎはぎだらけ。
悔いの残らない一年にしたいと、年の初めに願っただろうに。
季節の移ろいの中で、様々な行事がある。
そんな時ほど孤独感が増幅されるのはなぜ?
クリスマスにせよ、お正月にせよ
誰と会っても痛烈な孤独の心は同じだった。
そのくせ底抜けに陽気で、ありったけの笑顔をつくってみせる…。
それはそれで正しいのだと信じていた。
周囲から余計な心配をされるくらいなら。
気がつけば12月も終盤。
“笑顔を売るデパート”は、本年ももうすぐ店じまい。
苦手な大掃除を、早いとこ済ませなければ。
買い物も、炊事も、洗濯も…。 仕事だって忙しい。
退院後の体なのに、また無理をさせてしまったのかと自責の念。
積み残しが沢山あったと思うが、少しもはかどらないのはどうした事か?
今の人生、理想からは ほど遠い。
捨てられない夢だけが、僕を支えてくれた。
すべての人間に、時間や運命が
平等に与えられていたわけでは無いからこそ
夢は必要だった。
この寒さ…。これからが本番だ。
冬の季節の序の口から、震え上がっている場合ではないのに。
冬も、人生も、まだまだ始まったばかり。
短い夏が終わり、秋も駆け足で通り過ぎた。
そして冬が巡って来るたびに、僕はまたひとつ
子供の心を どこかで置き忘れてしまうのだろう。
一年の終わりに、冬は最もふさわしい季節だったのかも知れない。
複雑な気持ちを抱きしめたまま
またこんなふうに冬を迎えてしまう。
『強くなるための試練』だからと、それでも自分に言い聞かせながら。
来年はきっと、いい事あるさ。
きっと陽気なカモメ達が、おどけて僕を励ましてくれる。
夢を捨てず、希望を忘れず、とことん真面目に生きてさえいればいい。
夕暮れ時の海は、あまりにも寂しすぎた。
けれど、ひとりきりの家はもっと寂しい。
だから海へ来た。
許されるのなら朝までずっと、号泣していたかった。
この場所にずっとずっと、しがみついていたかった。
猛烈に寒いから、猛烈に悲しいから、天使たちがすぐにでも
お迎えに来るだろうよ。
そしたらその場所で、大切な人たちや 『シロ』 とも再会できる。
くやし涙に目の前のぜんぶが霞む日々もあった。
それでも、この海は、かけがえのない故郷。
僕の唯一の居場所。
甦った ひとときの幻想のなかで、僕は思い出す。
海が優しかった日のことを。
そう言えば、幼かった頃の自分も、現在の自分も
泣き虫で、やせっぽちなところが何も変わらない—。
あハハ、なんだかそのことが随分おかしいや。
僕はマリオネットじゃなく、変テコなピエロなんだ。
さてと。 もうそろそろ、いいだろう。
いつもの元気を取り戻そうよ。
ともしびの無い我が家。
粗末ながらも、僕はそこで一生懸命に生きている。
勿論これからも…。
また明日のために、夕飯の準備をしなくては。
※ 故郷・相生での、長かった一人暮らしを象徴する懐かしいスケッチ。
体当たりで綴った『心の成長記録』です。
歯を食いしばり生き抜いた事が、現在の自分につながっています。
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♬BGM1曲目『個人教授』より愛のレッスン/フランス映画
♬BGM2曲目『メリーゴーランド』/イタリア映画
♬BGM3曲目『イルカの日』/アメリカ映画
♬BGM4曲目『ふたりだけの夜明け』/フランス映画
♬BGM5曲目『幸福の行方』/フランス映画
♬BGM6曲目『汚れなき悪戯』よりマルセリーノの歌/スペイン映画
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【関 連 記 事】
🔷笑 顔 の 君 ~忘れ得ぬ君への思い~|建礼門 葵 (note.com)
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