芥川賞受賞作・九段理江:東京都同情塔
この小説の冒頭にこう書かれている。
「バベルの塔の再現。シンパシータワートーキョーの建設は、やがて我々の言葉を乱し、世界をばらばらにする」
とても意味深な文章ではないだろうか。
バベルの塔とは、旧約聖書の創世記で人類がノアの大洪水のあと、天に達するほどの塔を建てようとして神の怒りに触れ、人間の言葉を混乱させ互いに通じないようにした伝説だという。
この小説は言葉とは何かにこだわっている。
まず、建築家の牧名沙羅が、新宿御苑のなかに新しい高層の刑務所をつくろうとする。その新しい刑務所を「シンパシータワートーキョー」と呼ぶのか「東京都同情塔」と呼ぶのか、なんでもカタカナにするのが得意な日本人を「日本人が日本語を捨てたがっている」と痛烈皮肉っていることからはじまる。
それだけではなく、犯罪者、受刑者を「あわれな、同情されるべき、ホモ・ミゼラビリス」と呼んで、セレブが住むような高層の塔の刑務所に住まわせて優雅な暮らしをさせようとするのも、現代の世相に対する痛烈な風刺かもしれない。
さらにこの小説ではAI-builtという生成AIの文章が出てきて、言葉が人間のものから離れ、機械のものと混じり合っていくなかで「無傷で言葉を盗むことに慣れきって、その無知を疑いもせず恥もしない」「文章構築AIに対しての憐れみのようなものを覚えていた。…お仕着せの文字をひたすら並べ続けなければいけない人生というのは、とても空虚で苦しいものなんじゃないかと同情したのだ。…少なくとも人間は喋りたくないときには黙ることができる」と、AI時代のこわさと不気味さも描き出している。
また「喋った先から言葉はすべて、他人には理解不能な独り言になる。独り言が世界を席巻する。大独り言時代の到来」とSNS全盛時代を皮肉っている。
そして、「東京都同情塔」を設計した建築家の牧名沙羅には、毎日のように「死ね」というメールが届き、「東京都同情塔」には爆破予告が届き、夢のような「東京都同情塔」は数十名の警察と警備員に厳しく警備されるにいたるのである。
ここにも、こんにちのSNS時代で良いことだけでなく、「我々の言葉を乱し、世界をばらばらにする」悪い面も描き出されています。
このように見てくると、この小説は近未来の日本を描いたディストピア小説ともいえ、あまり楽しい小説ではありませんでしたが、バベルの塔から近未来の日本を描いた構想力には凄いものがあり、その投げかける問いは重いといえるのではないかと思います。
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