はじめての映画デート-BODY/ボディ-

初めて男の子と映画を観に行ったのは、高校生のときだった。
同じクラスの、でもあまり話をしたことがない男の子に誘われた。

今その面影を思い返してもドキドキしてしまうくらい、彼は、少し大人っぽい人だった。
思慮深くて、何かいつも、普通の高校生には思いもつかないことを考えているみたいな雰囲気があった。

一方私は、物事を小難しく捉えるかと思えば楽観的でもあり、ちょっと意地っ張りなところもあった。
わけもなく自分に自信がある反面、未来と未知なものに対する漠とした不安があった。
早く卒業して、大人の世界に行きたいと心はやっていた気もする。

当時は携帯電話なんてなかった。
ポケベルももっていなかった。
自宅に電話がかかってきて、映画に行こうと誘われた。
同世代ならみんな覚えがあるだろう、親が電話を取り次ぐというだけで、ドキドキしたものだ。

私たちが向かったのは、神戸の湊川にある映画館だった。
ちょうどケビン・コスナーとホイットニー・ヒューストンの「ボディガード」がヒットしてしばらくした頃だったので、「女性歌手主演の映画」はきっと音楽が素晴らしいはず、という彼のセレクトはマドンナ主演の「ボディ」。

そもそも神戸人にとって(厳密に言うと私は神戸人じゃないけど)映画といえば、三ノ宮が基本。
あるいは、ちょうど当時オープンしたばかりだったハーバーランドのシネモザイク。
メジャーな映画はたいていそのあたりで公開する。

新開地とか、湊川にも確かに映画館はあるのだけれど、なんというか、それはちょっとあやしげな趣があった。
つまり、ポルノやなんかがやっていたりするわけ。

湊川の映画館なんて、そのとき初めて行った。

もう道筋は忘れてしまったけれど、映画館はアーケードのある商店街の通りに面していた、気がする。(気のせいかもしれない)
しかも、地下へ降りていったような気がするのは、単なるイメージの問題だろうか?

とにかく、ちょっと寂れた感じの映画館で、私たちは「ボディ」を観たのだけれど、これがまた、場所に似つかわしい内容だった。

マドンナ主演たるゆえん。神戸じゅうで湊川で上映しているゆえん。

テーマは「SEXで人は殺せるか?」。

年老いた男性が腹上死する。
妻とのSEXの最中の心臓麻痺死。
莫大な遺産を手に入れた若い未亡人は、それが意図して仕組まれた殺人ではなかったかと容疑をかけられる。
ウィレム・デフォーは、その未亡人の弁護人。
設定的には「氷の微笑」を喚起させる。

概ね作品は法廷サスペンスなのだけれど、無駄にマドンナがエロス満点。
誘惑に乱されていく弁護人。
しかも、彼がはまっていくのはSMの世界・・・。

マドンナの歌?
そんなものは一切なし。
あったかもしれないが、記憶になし。

入るときよりも出るときのほうが余計、高校生が足を踏み入れてはいけないような、なんとも言えないエロチックな雰囲気に満たされてしまった湊川の街。
感想もうまく交わせない、ぎこちなすぎるふたり。

どう口火を切ったものか考えあぐねていると、彼は言った。
「ちょっと刺激が強すぎたかな?」

「いいえ、ぜんぜん」と答えるのもなんだし、「まったくそのとおり」と答えるのも野暮だし・・・なんて、しどろもどろしつつ、とりあえず「法廷モノは好きだから~」とはぐらかすしかなかった。

その後はどうしたかな?
海の見えるお店でお茶をしたな。
あれはどこだったんだろう?
須磨?

会話の内容は、断片的に憶えている。
あまりかわいげのある話をした気はしない。
つっけんどんだったな・・・わたし。

そんなに遅くにもならず、健全な範囲で家に帰った。
その日起こったこと、彼と話したことを何度も反芻した。

彼のことを好きでも嫌いでもなかった。
でも一日デートしてみて、少なくとも前よりは彼を身近に感じたし、興味を惹きつけられるところもあった。
とても奥深いところに、捕らえようがありそうでなさそうな、硬い芯がありそうだった。
それをやわらかな表現力と身のこなしが覆って、彼をかたち作っていた。

どこか、少し怖かった。

今思えば、それはちょっとした恋の始まりになりそうな感覚だったのだろうけれど、当時は、そういうふうな恋愛を経験したことがなかった。
それまでの私の恋愛は、もっと明快なものだった。
「かっこいい」とか「面白い」とか、分かりやすい基準で分かりやすい感情を持てば、それが恋だった。
自分の気持ちはいつも自分がよく知っていたし、まして「怖い」という気持ちなど覚えたりしなかった。

今なら、彼を好きになって、彼と付き合っていたかもしれない。
「そうしなよ」とあの頃の私にアドバイスするかも。

でも、私はそうしなかった。

その後、彼から付き合って欲しいと言われたけど、私はごめんなさいと断った。
私はまだ、恋をするには子どもすぎたのだ。きっと。

やがて私たちは受験生になり、私は大阪を経て東京に行き、彼はどこか地方の医学部に行ったと聞く。
今、彼はお医者さんかな?

もうずっと会っていない。

デートの思い出が鮮烈なので、映画のことも憶えている。
誰と、どんなシチュエーションで観たか、それによって映画に対する感想も思い入れも違ってくる。
作品の良し悪しよりも、ずっと大切なことかもしれない。


BODY/ボディ BODY of EVIDENCE(1992年・米)
監督:ウーリー・エデル
出演:マドンナ、ウィレム・デフォー、ジョー・マンテーニャ他

■2004/11/30投稿の記事
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