見出し画像

日本で熟成の極地を垣間見た

6年前くらいだろうか、いや、もっと後のような気がするが・・・もういつだったか正確には思い出せないのだけれど、博石館ビールのスーパーヴィンテージを飲みました。麦酒倶楽部ポパイのカウンターの左奥の方、背中に3席出っ張ったところがある辺りで飲んだのは憶えています。もちろんあまりの旨さに驚いたことも。

2012年夏、博石館ビールは閉鎖しました。残念ながら現地に行くことは叶わなかったけれども、そのお酒を飲むことが出来て良かったと今は思います。醸造家・丹羽智氏が在籍していた頃のものを東京・両国にある麦酒倶楽部ポパイがケグでずっと寝かせていて、幸運なことにそれを飲ませて頂く機会に恵まれました。

メロウで滋味深く、長く長く続く余韻。うっとりして、思わず溜息が漏れてしまう。ベルジャンストロングエールの熟成品は結構飲んできたつもりだけれども、バーレーワインもまた良いものだなぁとしみじみ思います。派手さよりというよりも、こなれた甘みや奥行き、そして一体感に酔いしれるのです。まるでブランデーを飲んでいると錯覚するほどの恍惚。日本にもこんなお酒があるのか・・・と驚いたことを思い出します。もう博石館は無くなってしまったのですが、スーパーヴィンテージやハリケーンをまだ隠している人がいるかもしれません。見つけたら絶対に飲んでください。ここ日本で熟成の極地を垣間見ることが出来るに違いありません。少ない私の経験からではありますが、日本最高のバーレーワインだと断言します。

このビールとの出会いから私は丹羽氏のビールを追いかけるようになりました。山梨県甲府のアウトサイダーブルーイングにも行きましたし、ビール祭りでも見かけるたびに試してきました。和食に合うをコンセプトに乾物や貝の出汁を合わせた和味エールに挑戦なさっていたり、IPAやベルジャンスタイルのビールも醸していらっしゃいましたが、やっぱりピットブルバーレーワインが印象に残っています。丹羽さんはやっぱりハイアルコールじゃないと。

ビール品評会でご一緒した際、年間110バッチもご自分で仕込んでいたというエピソードを伺った時には本当に驚きました。年間110バッチというと、ほぼ3日に一回仕込んでいる計算ですが、仕込み以外に充填や発送、洗浄の作業もあるし、人気ブルワリーですから春先から秋までは地方のイベントにも出店します。一体いつ休んでいらっしゃるのか・・・と心配になるほどです。そもそもビール醸造というのは本当に大変で、決して楽なものではありません。モルトの入った重たい袋を担いだり、水分を含んだモルト粕を運んだりと何かと力仕事です。加えて、ビール醸造には大量のお湯が必要ですからボイラーを炊いていてブルワリーの中は蒸し風呂状態になります。労働環境としては決して良いとは言えません。休みも少ない上に仕事も非常にタフにもかかわらず、年間110バッチ仕込み、その上毎年研修生を受け入れていて後進の指導にも熱心でいらっしゃいました。お弟子さんたちは今日本中にいて、現在最前線で活躍なさっています。日本のビールシーンの歴史を体現なさっているのです。ビールに対する姿勢とバイタリティに敬服しつつ、私も頑張らなくてはと思うに至ります。

2019年、静岡県用宗に出来た新しいブルワリー、West Coast Brewing(ウエストコーストブルーイング)に丹羽氏は籍を移しました。IPAを中心にスタウトやピルスナーも少し作っているようです。ビールは人が作るもので、そこには人柄や意識、センスが滲み出ると思っています。今の丹羽氏の見ている景色はどんなものだろうか。こちらの醸造所に関して世間ではHazy IPAの評価が高いようですが、そろそろ一回くらいバーレーワインを作ってくれないだろうか。そんな贅沢なお願いもしてみたい今日この頃なのでした。

いただいたサポートは取材とやる気アップを目的にクラフトビールを購入する費用として使わせていただきます!現在amazonで拙著「クラフトビールの今とこれからを真面目に考える本」も発売中です。よろしくお願いします! https://amzn.to/2VCvMWC