元オタクが語る『火神の涙』2021
作品情報
主演:
温昇豪(ウェン・シェンハオ)
陳庭妮(アニー・チェン)
林柏宏(リン・ボーホン)
劉冠廷(リウ・グァンティン) 他
原題:『火神的眼涙』/台湾現代ドラマ(全10集)
配信メディア: Amazonプライム+U-NEXT
キーワード: 消防士+実話をもとに+仲間
『悪との距離(我们与悪的距離)』は台湾の社会派ドラマの代表作と言える傑作だが、本作はその『悪との距離』のプロデューサーが参画している。
4人の消防士たちが苦悩を抱えながらも前に進もうとするヒューマンドラマだが、台湾の金鐘奨(台湾のエミー賞)で6部門を受賞、中国最大手のレビューサイト『豆瓣』でも9.0とかなりの高評価である(2023年10月現在)。
本作の監督蔡銀娟は、2015年に台湾桃園市で実際に起きた火災事件(※詳細は後述)を受け、消防士たちの置かれる厳しい環境を世に知らしめようと、本作品の製作を思い立ったらしい。
しかし、資金の問題や映像化の難しさのため、なかなか製作開始に至らず。
2018年にようやく着手できたものの、それから完成までには3年の歳月と9400万台湾ドルという大金が必要だった。
まず監督は、自らが消防署に常駐し出動要請のたびに署員と共に出動する、という実地調査を数ヶ月間続けるところから始めた。
だから火災現場の様子や救急車内のやりとりは、臨場感がありとてもリアルだ。
資本力のある大陸ならいら知らず、台湾ドラマでこれだけの迫力ある映像が作れるとは驚きだ。
もちろん主要出演者4人も、プロの元で本格的な救護訓練と消火訓練を受け、撮影に臨んでいる。
消防士や救急救命士という職業
本作品中で描かれる消防士とは、なんとも理不尽な職業だ。
危険な現場での救助活動でさえ、彼らは苦情こそ言われても感謝などされない。
あれほど気をつけろと忠告したときには聞き流しておきながら、いざ災難が起きれば当たり前のように彼らをこき使い、その犠牲に目もくれない。
急げば軽率だと言う、慎重にすれば遅いと言う、規則を守ればお役所仕事と非難され、臨機応変にやれば規則違反の危険行為と謗られる。
予算も人手も物資も足りない、それでも彼らは歯を食いしばって現場へ向かう。
なぜなら自分たちは、人を救う仕事を選んだのだから。
今この瞬間にも、自分たちを頼りに待つ人たちがいる。
自由も効かない激務で、危険な割に待遇の不充分な仕事だ。
だから周囲には転職を強く勧められるけれど、彼らは従わない。
自分たちが引き受けなければ、誰がこの危険で報われない仕事をする?
たとえ自分が矢面に立たかれ叩かれても、彼らは諦めない。
彼らの心が砕かれるのは、助けたい命が助けられなかった時だ。
すぐに駆けつければ助けられるのに、十分な資源があれば救えるのに、身勝手な周りの人たちに阻まれ助けられないときもだ。
あまりにも理不尽な環境に、彼らの心は蝕まれていく。
家族にさえ彼らの想いは届かない、組織や上司は守ってくれない。
理不尽に打ちのめされそうになったとき、慰め励ましてくれるのは、危険と孤独を共有する仲間たちだけだ。
彼らだって消防士や救命士である前に1人の人間で、弱さも悲しみも抱えているのに。
この作品を見て思うこと
パニック映画的な娯楽性は皆無と言っていい。
全編を通して、ひたすらに理不尽でやりきれない。
そのやりきれなさに落ち込む救命士に、「私たちも同じよ」と看護師が寄り添い語りかけるシーンがある。
私たちは社会の中でそれぞれ役割を持ち、お互いに助け合って生きているというのに。
当たり前に感謝し、当たり前に相手を思いやるということは、どうしてこうも難しいのか。
本作品はいつもすれ違う人の思いが描かれる。
やりきれなさの中にも側で寄り添ってくれる人たちを描いていた『悪との距離』とはそこが違う。
最終話は何度も泣かされた。
だけど最終話の涙にはちゃんと希望が含まれているということだけ、申し添えておく。
※桃園市新屋ボーリング館火災
違法建築されたボーリング場で火災が起き、6人の消防士が殉職した。
電気設備の整備不良が重なり現場は煙が充満、障害物が多いため通信もできず、ヘルメットに降り積もる灰で消防士たちは視界もきかず。
生還した消防士が、建物内部は全く何も見えない状態で出口がどこか分からなかったと証言している。
死亡した消防士の1人に至っては、出口からわずか12歩のところにいながら出口を見つけられず、脱出できなかったという。