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生まれて初めて自宅の床下を匍匐前進した話


3回目のワクチン接種、真の副反応は漏水だった……っていう話の続編です。



この記事を書いた翌日木曜、朝いちばんで水道局から紹介していただいた専門業者さんが、現地調査のために来てくだすった。

私は調査が終わり次第出勤するつもりで自宅待機していたのだけれど、調査が終わった時点でリーダー格の業者さん(和製ショーン・コネリーて感じの60代くらいの殿方。トウンク……不可避)から


「床下の配管がイっちまってるけど、半日あればなんとかなりそうです。水使えないのも不便だろうし、よければ今日このまま工事しちまいますよ!」


てなお話をいただいた。最悪週またぎも覚悟していたところに、よもやよもやのスピード展開だ。もちろんふたつ返事でお願いすることに。

我が家は昭和の終わりに建てられたふるーいボロ屋ゆえ、台所には昔ながらの床下収納庫がある。その収納庫の箱を外して業者さんが床下に潜っての作業となった。


この床下収納庫も流しの下と併せて前日に整理しておいたのだけれど、記憶の限りではここが開かれたのは20年ぶりだったと思う。前の晩に私がどんな思いでこの扉を開いたか、賢明なる紳士淑女の皆さまにはお察しいただけましょうや……。つーか扉についてる金具が完全にダメになってて、普通に開かなかったね。すき間にマイナスドライバーねじ込ませて無理やり持ち上げましたね。幸い中で地球外生命体がコミュニティを形成していることもなく、わりときれいな状態だったのでホッとした。収納庫の底に敷いてあった新聞の日付は1990年だった。


工事が始まってからは、私はあらかじめ隔離しておいたねこたちと共に2階の自室にこもり、ねこたちのブラッシング作業にいそしんでいた。毎年新鮮な驚きを感じるのだけれど、換毛期入ってからのねこ毛って本当によく抜ける。私のすね毛もこのように抜けてくれないものか。

当初は昼前には作業が終わる、とのお話だったのだけれど、我が家の水回りのあれやこれやが年代物なので色々と問題(蛇口が外れない等)が発生し、結局工事は昼をまたぐことになった。私も職場に連絡して、半休の予定を1日お休みにさせていただくことに。快諾してくだすったボスには感謝しかない。


そして午後……

そろそろ工事も終わりに近づいてきた頃に事件は起こった。


工事中に何度か業者さんに呼ばれて階下に降りることがあったのだけれど、出入りにはもちろん細心の注意を払ってドアを開け閉めしていた。

それが起こった時も、背後と足元に注意しながらすばやくドアを開けて部屋の外に出、すばやくドアを閉め……ようとしていた矢先、

ドアのすき間から信じられないほどの俊敏さで、シュバッ……と外にすり抜ける影が!


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我が家の最年少ねこ、もののけ姫である


しまった、と思った時にはすでに遅く、華麗なるロケットスタートで彼女は階下へと駆けていった。慌てて後を追いかけたけれど、ねこさまのおみ足に愚鈍な私が追い付けるはずもない。どたどたと玄関に辿り着いた時には、すでにその姿はどこにも見えなくなっていた。

アアーッ!またやってしまった……!!!!!



彼女は昨年秋、保護から1週間で網戸に牙突零式を浴びせて脱走に成功した実績の持ち主。あれ以来窓や玄関の開け閉めには常に神経を張り巡らせて生活してきた。今や我が家にすっかり馴染み、おんもに出たがるそぶりすら見せなくなっていたのに、よりによってこんな時に……!!!!!(血の涙)


すぐにでも捜索に行きたいところだけれど、まだ工事が終わっていないので自宅を空けるわけにもいかないし、工具の音がヤンヤンしている中で首輪の鈴の音をトレースするのも厳しい。じりじりしながら工事が終わるまで待機し、業者さんが帰られたのち、ただちに付近の捜索に入った。

雨が降りしきる中、名前(本名は珠子です)を呼びながら近所をぐるぐる周る。鳴き声も首輪の鈴の音もまったく聞こえてこない。雨を避けてどこぞのすき間にでも身を潜めているのだろうか。前回同様、吐き気をこらえながら自宅と近所を何十回か往復したのだけれど、日が暮れても、夜が更けても、いっこうに事態は進展しない。

自宅に戻るたびに「いや、もしかしたら家の中に隠れてるのかも」と家じゅうもくまなく捜索した。けれどやはり気配がない。他のねこたちも私の動揺を察してか、いつになく落ち着かない様子で家の中をうろうろしている。ごめんねぇ……。

前回の脱走劇の際は、己を落ち着かせるべくみじん切りに励んだりもしたのだけれど、先日からの漏水騒ぎですでにHPが緑色になっていたので、もはやそんな気力もない。そもそも食欲がまったく湧いてこない。


大丈夫、前回はちゃんと帰ってきてくれた。それに今回はうちに来てもう半年以上になるし、ちゃんと自分のおうちが分かっているはずだ。天使のように愛らしい正統派美少女ながら、わりと負けん気も強いしかしこい子だ。きっと無事でいてくれる。きっと帰ってきてくれる。


少しでも気を抜けば即座に圧壊しそうになる精神を必死でなだめすかし、10分おきに外に出ては付近を歩き回る。しかし日付が変わっても見つけられない。

さすがに深夜に名前を呼びながら外をうろつくのも憚られたので、日付が変わってからは自宅の玄関に座って外からの音に耳をすましていた。くたくたに疲れているのだけれど、まったく眠気も来ないのだ。

時折雨音に混ざってねこの鳴き声が聞こえたような気がして、何度も何度も玄関の外に出た。けれど外には誰もいなくて、半泣きになりながらまた家に戻る……というのを夜通し繰り返す。結局この日は完徹した。


そして翌日、金曜の朝。

外が明るくなった朝5時頃、再び外に出ることにした。出勤前に少しでも捜索をしておきたかったのだ。

一睡もしておらずしぱしぱになった目をこすりながら玄関を出た、その時。


「にゃーん……」というかすかな鳴き声と、聞きなれた首輪の鈴の音が聞こえた。


慌てて名前を呼ぶと、再び鳴き声と鈴の音が返ってくる。いる……!近くにいる……!!


声が聞こえてくる方角、庭へと続く細い通路をゆっくり歩きながら名前を呼び続け、周囲に視線を走らせまくることしばし。ついにその姿を肉眼で捉えることに成功した。


家の基礎部分のコンクリに開いている、あの、なんつうの……通風孔?みたいな穴ありますでしょう。

そこにはめ込まれた鉄格子の向こう側から、もののけ姫がうるんだ瞳をこちらに向けていたのである。


そう、床下にいたのだ。



ようやく見つかった、と胸を満たしかけた喜びがたちまち霧散し、強烈なめまいと吐き気が襲ってきた。よりにもよって床下……!いったいどうやって救助すれば?!!!


とっさに鉄格子を掴んで揺さぶってみるも、びくともしない(当たり前だ)。長年風雨にさらされ全身貫禄のある錆びをまとったこのタフガイを、切断できそうな工具なんぞも我が家にはない。我が愛刀(鉈)も刃が立たないだろう。もちろん手を突っ込めるだけのすき間もない。北の大地が誇る脱獄王だってこのすき間からの脱出は困難だろう。


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白石由竹も真っ青であろう、ささやかすぎるすき間


今度こそ精神に大恐慌を起こしかけてその場にへたり込む。しかしねこの神様は私を見捨ててはいなかった。


そもそもこいつ、一体どうやって床下に入っ……


アー!!床下収納庫!!!!!



家に取って返し、まずは他のねこたちの所在を確認する。偶然にもみんな2階に揃っていたので、そのまま厳重に隔離させてもらう。その後ただちに台所に飛び込み、床下収納庫の扉をこじ開けて中の箱を持ち上げる。露出した地面に降りて名前を呼ぶと、再びかすかな鳴き声と鈴の音が聞こえてきた。

昨日2階から抜け出した後、彼女は屋外ではなく、工事のために開かれていた床下へと向かっていたのだ。


懐中電灯を持ってきて床下を照らしてみる。自宅の床下を見るのはこれが初めてだ。家を支える基礎の木材が縦横無尽に走っており、ところどころに断熱材?か何かだろうか、綿状のモフモフしたものらしき影も見える。

私もここから潜って、なんとか彼女を捕獲しなければならない。

できるだろうか。


いや、できるできないじゃねえ。やるしかねえ。



すぐさま出陣準備をととのえる。

首にタオルを巻いて髪はヘアバンドにまとめ(汗対策)、押入れに収納してあるコンテナボックスの中からソロキャンプ用のランタンを引っ張り出す。足元をスニーカーで固め、スウェットのポケットに洗濯ネットおよび泣く子も黙るひみつ兵器・ちゅーるをねじこむと、私は生まれて初めての床下潜入へと赴いた。


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今回大活躍だったランタン部隊。やっててよかった、ソロキャンプ。


ふたつあるランタンのうち、小さい方は床下への入口から少し離して設置。大きい方をひっつかんで床下の地面に腹這いになると、なんとか基礎の木材と地面の間をくぐり抜けられた。そのままざりざりと腕の力を使って奥へと進んでいく。嗚呼……よもやよもや、自宅の床下で匍匐前進をする日がやって来ようとは。人生とはいくつになっても新鮮な驚きで満ちているものだ。

初めて潜り込んだ床下は、思ったよりも全然じめじめしていなかった。むしろサラサラしており、しかし下は剝き出しの地面でありますからして、たちまち全身が砂ぼこりまみれになった。大きい方のランタンを最大出力にして、時折行く手をさえぎる謎のモフモフをくぐりつつ、じりじりじり……と奥へ進んでいく。


5月の朝なら……
たいてい……
さわやかな空気に
新緑の緑……
なのに私は 自宅の床下を這いずり回ってる


ジョン・マクレーン刑事の気持ちがちょびっとだけ分かった気がする。


そのようにしてじりじりじり……と前進することしばし、ついにランタンの灯りが目標を捉えた。2mほど先、柱の陰に香箱を組んで、ぢっ……とこちらを凝視するもののけ姫と目が合った瞬間、ぼろぼろと涙が出てきた。いやしかし、泣いている場合ではない。なんとかあそこまで辿り着いて、ポッケにねじこんできた洗濯ネットに彼女を捕獲し、地上へと舞い戻らなければ。泣くのはそれからだ。

苦しい体勢のままちゅーるを取り出して開封し、「たまちゃーん、おたまちゃーん♡」と恋人の前でだって出さないような甘い声音で呼びかけながら差し出す。





逃げられた。





空気が通っているとはいえ、一晩じゅう真っ暗な床下にひとりぼっちで閉じ込められていたのだ。彼女の警戒レベルは最大級に引き上げられているのだろう。無理もない。決して私の猫なで声がキッッッッショ!!く悪かったわけではないはず。

「私は長女……長女だっ……」と唱えながら再奮起し、彼女が逃げた方角へと匍匐前進で向かってゆく。ほどなくして再びその姿を捕捉したものの、距離を縮めようとするとたちまち逃げ出してしまう。これが床下でさえなけりゃ、眼鏡を光らせながら「ハッハッハ……何処へ行こうというのかね?!」する絶好のチャンスなのだけれど、もちろんそんな余裕はない。


小一時間ほどそうして、床下を這いまわっていただろうか。


私の鈍い思考もようやく「このままではどうにもならない」ことに気付き、別のアプローチを試みることにした。匍匐後進(方向転換をするスペースがなかった)でじりじりじり……と台所まで戻る。土ぼこりまみれになった着衣をその場で脱いで部屋に戻り、キャットフードと飲み水のボウルを持ってきて、床下入口の地面に設置した。おやつ皿に入れたちゅーるもセットする。

ここから入ってあんな奥(家の壁際とおぼしき端っこ)まで辿り着けたということは、再びここまでのルートを戻ってくることも可能なはず。一晩何も食べていないのだから、お腹も空いているだろう。ごはんの匂いにつられてここまで来てくれれば、そこを確保すればいい。


フードを設置してから再度床下に向かって呼びかけると、首輪の鈴の音が小さく返って来た。あとはここまで来てくれれば……。

そのまま台所に体育座りしていたかったけれど、今日は仕事を休むわけに行かないし、おまけに土ぼこりまみれだ。シャワーの時間を考えると、そろそろ支度を始めなければならない。うう……でも気になる。ちゃんとごはん食べてくれるかな……。

よし行こう、と立ち上がっては「あと5分だけ」と腰をおろすことを3回繰り返したのち、いよいよ時間がアレしてきたのでマッハでシャワーを浴びた。


身を浄めたのちに台所をチェックすると、ちゅーるを入れておいたおやつ皿が空になっていた。この時の喜びと安堵、お優しき紳士淑女の皆さまならばきっとお察しいただけましょうや。ひとまずこれで彼女が飢える心配はなくなったのだ。

その後は朝の身支度をととのえたり、2階に隔離した他のねこたちのお世話をしたりしつつ、ちょいちょい台所の様子を確認し続けた。何度目かの時に「カリカリカリ……」とフードを咀嚼する音が聞こえたので、思わず駆け寄ったらまた逃げられた。我ながら呆れるほどに学習能力がない。残念な女っぷりを競う選手権があったら、東日本地区の表彰台を余裕で狙える気がする。

出勤準備がととのった後も、時間ぎりぎりまで台所の床下を覗いていた。ごはんを食べに姿を見せてくれることもあったのだけれど、抱き上げようとするとシュバッ!!!と身をかわされてしまう。そして私から1mくらいの距離を保って「うにゃぁ~ん」等とかわゆい声で鳴いてみせたり、床下の地面に転がって優雅に毛繕いなんぞを始めたりするようになってきた。完全にもてあそばれている。

結局出勤時間までに捕獲は間に合わなかった。

後ろ髪を引かれつつも、ごはんとお水の心配はないのだから……と必死に己をなだめすかして仕事に向かった。


これは私個人のささやかなモットーなのだけれど、私生活で何があろうとも、心身の揺らぎを職場に持ち込むことは固く己に禁じている。出勤した以上はちゃんと働く!周りに心配かけたりしちゃダメ!ということでいつも通り粛々と業務に励んだけれど、さすがに相変わらず食欲はさっぱりなくてお昼ごはんは食べられなかった。丸1日何も食べないなんて、二日酔いの日を除けばずいぶん久しぶりだ。完徹したのに眠くもならない。これでちょっぴり痩せたりなんかしちゃって……痩せ……嗚呼、あのこはちゃんとごはんを食べてくれているだろうか。げっそりやつれていないだろうか。変なすき間に挟まって動けなくなったりしていないだろうか。

平静を装っていても脳内には常に大パニックの兆候がチロチロと揺らめいている。「私は長女……私は長女!」と胸の内で呟き続けながら1日を過ごし、定時と共にマッハで帰宅した。


帰宅後即座に台所の床下を確認する。朝テンコモリヤにしておいたフードは半分ほどに減っていた。嗚呼よかった、ちゃんとごはん食べに来てくれてたんだ……


最悪の事態には到っていないことに安堵し、うっすら涙ぐみながら台所を出て居間の明かりをつけると


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居間で優雅にくつろいでいるもののけ姫を発見した。


か…………


帰ってきてくれた~~~~~!!!!!



一気に涙腺を決壊させながら近づくと、彼女は今度は逃げず、喉をグルグル鳴らしながらすり寄ってきた。良かった……本当に、本当に良かったー!帰ってきてくれてありがとうッッッ!!!!!

彼女に外傷がないことを素早く確認したのち、抱きかかえて2階へとお連れする。他のねこたちも全にゃん揃っているのを確かめてから台所に戻り、床下収納庫の扉を厳重に封鎖した。


失踪直後に状況を知らせていた恋人に「かえってきました!!!!!」とLINEを送り、しばらくそのまま呆然とへたりこんでいた。それまでがまんしていた涙と鼻水が濁流のようにあふれてくるのに任せた。良かった……本当に良かった……マジで良かった……それしか浮かんでこない。

そんな私の傍にぴったりと張りつき、すりすりと身を寄せて甘い声で鳴くもののけ姫をひたすら撫でさする。もしかしたらもう二度と会えないかもしれないと思っていた、やわらかくあたたかな感触を存分に味わいながら、ありがとう、ごめんねと繰り返した。


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その後もずっと彼女は私にまとわりついて離れず、私が動くたびにひたすら後を追いかけてきて甘えてくる。元々甘えん坊さんとはいえ、いつにない甘ったれ度だ。私が床下で匍匐前進したあの朝、あれほど逃げ回っていたねこと同一にゃん物とは思えない態度だ。


しみじみと思う。

この子がねこで本当によかったな、と。


もしこれが人間だったら、


私は今ごろケツ毛の一本まで残らずむしり取られていただろう。



ということでめでたく一件落着となった。その日は仕事帰りに恋人が立ち寄ってくれ、「こんなのなら食べやすいかと思って」とコンビニサンドを差し入れしてくれた。もうこの人マジで菩薩なんではないか。サンドイッチに缶チューハイのロング缶が添えられているあたりもさすがである。

ありがたくサンドイッチをいただきながら(実に1日半ぶりの食事)ロング缶を飲み干し、その夜は泥のように眠った。


今回はあまりに精神に恐慌をきたしかけたせいか、翌日土曜になってもなかなか殺気が抜けきらず、何もやる気になれなかった。もしあの時、鳴き声に気づけなかったら……と思うと本当にぞっとして、吐き気がこみ上げてくる。

二度脱走を許した挙句家の床下に潜り込ませてしまうなんて、ねこにお仕えする者としてあまりにも失態が過ぎるふるまいだ。世が世なら市中引き回しの末打首獄門の刑に処されても文句は言えない。激しい自己嫌悪でどんよりとした週末を過ごした。

まあ、日曜日には「このままではいかん、気持ちを切り替えねば……」と地元の野菜直売所でヤケ買いに走ったんですけどね。


もう二度とこのような失態を繰り返さないよう、日々緊張感を持って暮らしてゆこうと思います。

それから、


もう二度とワクチンは打ちたくない。

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