今日の読書感想文「嫌われる勇気」(第2回)
今日はイラストを使わせていただいている。この絵の色合いに引き付けられた。こういう絵を描ける人が見る世界がどんなものなのかとても気になる。僕も遊びの範囲で絵を描いているのだが、いつかこんな絵を描いてみたいと思った。描いてくれた人に感謝。
今日は僕にとって山場にあたる日である。今日の過ごし方で来週のテストの出来、課題の完成などに大きな影響を及ぼすからだ。昨日からそれを理解し、そのために早く寝て、朝早く起きて頑張ろう、と息巻いていた自分は、朝目覚めて時計を確認したときに危うく消え去りそうになった。昨日は10時には寝たというのに、起きたのはなんと11時。いったい何がどうなったらこんなことになるのか、理解ができない。本当に勘弁してくれ。一気にネガティブな感情があふれ出す。いっそ今日はこのまま休んでしまおうか.......。
いや、それでも、今日を捨てることは許されない、と僕はすんでのところで思い直した。今日を捨てたところで明日以降の自分にメリットがないことはわかり切っている。でも、そうはいってもやる気が出ない。というわけで、まずは好きな読書から手を付けてみようと思った次第である。
僕は超がつく飽き性で、同じ本をずっと読み続けることが得意ではない。だが、今読んでいる「嫌われる勇気」は、その気になればずっと読み続けられると思う。なぜか、と問われたら、おそらくこの本の書き方に起因するのではないかと思っている。以前にもこの本について感想を書いたのだが、その時も触れたように、この本は「青年」と「哲学者」の対話を通じて展開していく。この本はノウハウ本であるが、ある種小説のようなストーリー性がある。青年の考え方の変遷や、発する言葉の強弱の動きが、一つの世界観を生み出していて、僕はそこに引き付けられているのだろう。
今日読んだ範囲の中で、印象深い言葉は、
共同体感覚
という概念だ。意味は、
他者を仲間とみなし、その中に自分の居場所を見出だすこと
となっていた。この概念自体に疑う気持ちはなく、言ってしまえば別段驚きも新しさもなく、当たり前だとさえ思っていた。問題はこの「共同体」の範囲である。本書ではこの定義を、
過去から未来、そして宇宙全体までも含んだ、文字通りの「すべて」
としているのだ。いきなりのスケールアップに、僕は圧倒された。いったいどこでこんなに飛躍したのだろうと思った。この時の青年のリアクションを借りれば、「はっ?」といったところだ。
これについて哲学者は、解釈のヒントを提示してくれるのだが、
共同体の範囲を無限大と考える
と言い換えていた。こういわれると、一気につながりが見えてくる気がした。自分が存在する共同体、例えば会社、学校、家族などがあるが、そこを最大だと思わないで、さらに大きな枠組みに目を向けることが必要なのである。そうすることで自分が所属する共同体の居心地が悪くなっても、また別の共同体に所属すればいいという考え方ができるようになる。僕の頭の中に、高校数学の集合を習った時に出てきた、丸がいくつも重なったような図(ベン図という)のイメージが浮かび上がった。その時に大切になると思った言葉が、
より大きな共同体の声を聞け
というものである。より大きな共同体に所属すれば、まえいた小さな共同体の悩みが相対的に小さくなる、というわけだ。僕はこの考え方に感動を覚えた。これ以上ないシンプルな考え方で、理解しやすいと思えたのだ。
この認識は、僕たちを自由にしてくれると思う。いままで自分を縛り付けていた縄が急になくなったように思える。今まで常識だと思っていた認識が壊される体験は、本当に気持ちがいい。まだまだこの本は僕の常識を壊してくれそうだと、勝手に期待が高まってくる。
本当は今日中に読み終えて感想とまとめを書きたい気持ちなのだが、午前中の失態もあり、そのような余裕がなく、ここで終わらせなくてはならないのが口惜しくて仕方ない。だが、ここも考え方次第。明日の楽しみだと思って今日はやれるだけ頑張ってみようじゃないかと、決意を固めなおしたところで締めさせていただこう。
まだ読み終わってないが、読んで損はないと思うので、気になった方はぜひ読んでみてはどうだろうか。
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