
『選択の科学』人を狂わすほどの選択肢がある現代に生きる私たち
1年100冊ブックチャレンジ10冊目。しばらく積読していた本をのそりと取り出して読み始めた、『選択の科学』。
著者はこの本がきっかけで、日本でも大ヒットし、10年ほど前にはNHKの「白熱教室」にも出たそうだ。何かを選択することに難しさと面倒くささを感じ、人生を方向づける大事な選択ですらも、他人や、システム、占いのようなものに委ね、「選択する」ことから逃げたくなっている私たちに、大いに刺激を与えてくれたのだろう、アイエンガー教授は。
ジャム理論の実験をした人
広告やマーケティング、心理学の題材でよく出される、「種類が多すぎると人はジャムを買わなくなる」の実験を行った人が、このアイエンガー教授とのことだ。本書には、その実験を行った狙いや背景、そこから導き出された結論などが詳しく書かれており、改めて、「7」という数の不思議に興味が湧く。他にも、「選択」にまつわる多くの考察が実験やケースを用いて解説され、とてもわかりやすい。
ポジティブなものだと、
選択できると知った時の喜び。
魅力的な選択肢を前に迷う幸福。
まだ選択肢が示されると知った時の安心感。
選んだ結果を引き受ける勇気。
など。
ネガティブなものだと、
選べない時に感じる不満。
強制されたり禁止されると充満する反発心。
次々と選択し続けることでどうでもよくなってくる感情。
選んだ瞬間に後悔する気持ち。
などなど。
選択肢があっても、なくても、選んでも、選ばなくても、結果が良くても悪くても、さまざまな感情に襲われる。こうした、改めて考えると実に不思議な、人間の意識による決定と行動、その結果表れる感情について読むことができる。
興味深いと思ったものをいくつか。
自由が奪う選択肢
東西ドイツの統一後、東側の住民だったドイツ人たちは、「世界のどこにでも旅行に行ける自由」を、手に入れたが、実際に外国旅行へ行けるのは、それなりの収入を得る仕事をしている者だけで、ほとんどの元東側住民は旅行に行けなかった。「昔なら、国は選べなかったがハンガリーぐらいには誰でも行けた。今はどこにも行けない」。制限がなくなり自由になったことで、外国旅行という選択肢は消えてしまった。
種類の数は選択肢ではない
スーパーマーケットの棚に並ぶ、100種類を超すほどの清涼飲料水。どうぞ好きなものをお選びください、と店側は言うが、買い物に来た老人は清涼飲料水には興味はない。「私が欲しいのは水だ。この棚はなんの意味もない。選択肢は水を、買うかどうか、だけだ」。
選択できない不幸と選択させられた不幸
重度の障害を持って生まれてきた我が子の治療方針の決定について、フランスのケースでは、専門的な医療チームが、父母に対し、取りうる選択肢を示した上で延命治療を終える判断をしたことを告げ、両親はそれを受け入れた。
アメリカのケースでは、同じく医療チームが選択肢を示し、どちらを選ぶかは親に委ねられた。
どちらも延命治療を終了し子供を看取ったこと、その判断を後悔する気持ちを抱いていたが、その精神状態には大きな違いがあったという。
フランスの夫婦は、医療チームの決定を受け入れたことが本当に正しかったのかと後悔しながらも、これが運命だったのだと、一度は生まれてきてくれた子の命や、短いながらも共に過ごした時間を慈しむ気持ちが芽生えたのに対し、アメリカの夫婦は、自分の行った決断が本当に正しかったのだろうか、自分の下した選択が死刑執行のようなものだったのではないか、と長い時間、苦しみ続けたのだという。
選択の対象、その重要度により異なるものの、果たして「選ぶ」自由のあることが、本当に幸せなことなのだろうかと、考えさせられるケースだ。
このように、選択にまつわるさまざまな考察が出てきて面白い。
そして、仮に選択肢がなくても、強制されたとしても、逆に、迷って選んだものが間違いだったとしても、その選択を、どのように引き受けて、どのように人生の中で付き合っていくかが大事なのだと思った。
めちゃくちゃ面白い本だった。
2025年の100冊 010/100