<スペシャル対談>“理想は全ての患者さんへの貢献”「i2.JP」が見据えるオープンイノベーション・ネットワークの可能性
2020年、アストラゼネカ株式会社様が日本のヘルスケア分野におけるオープンイノベーション活動を積極推進する、イニシアティブとして設立した「i2.JP(アイツー・ドット・ジェイピー)」。
スタートアップ、医療従事者、地方自治体、アカデミア、民間企業らの協働のもと、ヘルスケア分野における課題解決に取り組む「i2.JP」に、WizWeもパートナー企業として参画しています。
今回は、i2.JPのディレクター 劉 雷 氏とコミュニティマネージャーの荻原 麻理 氏をお迎えし、i2.JP設立の経緯やお取り組み、今後のお考えについて、また、ヘルスケア領域での習慣化への期待などについてもお伺いしました。
i2.JP(アイツー・ドット・ジェイピー)の取り組み
森谷: i2.JP設立の経緯をお伺いできますでしょうか。
劉氏(以下、劉): 議論を始めたのが4年前です。2025年までに「イノベーションを通じて患者さんの人生を変えるNo.1パイオニアを目指す」というビジョンを掲げており、売り上げだけではなく、プレイ・アズ・ナンバーワンとして、医薬品以外の領域で患者さんや社会に対してどんな貢献ができるのかを話し合っていました。
その中で、サイエンスに基づいた医薬品ビジネスを進めつつも、複雑化していく社会医療課題に対して異なるプレーヤーと組みながらエコシステムメイキングができないかと検討し始めました。アストラゼネカでは、すでにこの取り組みを先行して行っている国もありますので、彼らの経験を取り入れつつ、日本ならではのモデルとして、i2.JPというオープンイノベーション・ネットワーク設立の戦略をとりました。承認されたのは2020年のことです。
最初から今のような規模に成長して結果を出せるかどうかは誰も予想していませんでしたが、現在、400以上の企業や団体が参加し、日々ビジネスマッチングが行われています。私たちが関与する場合と関与しない場合がありますが、PoC(概念実証)のアイデアが次々と出てきており、社会実装に向けたプロジェクトが進行中です。医薬品だけでなく、他の分野でもパートナーシップやコラボレーションという形で、もっと社会や患者さんに貢献したいという基本的な考えがあります。
森谷:2020年は新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)拡大の真っただ中ですね。
劉:その点もかなりチャレンジングでした。海外でのオープンイノベーション活動は、インキュベーション施設の設置や対面のコミュニケーションを重視していました。コロナの影響で対面が難しくなり、一時的に諦めざるを得ない状況も見ていましたので、日本ではフルバーチャルで活動をローンチしました。本当に機能するかどうか不透明な中で、進めながらここまできたというところです。パンデミックが終息した今は、ハイブリッドな形で進めています。
森谷:いろいろと難しさはあったと思いますが、具体的な事例が出てきたと伺っています。
劉: 最初に取り組んだプロジェクトは、コロナが重症化しやすい基礎疾患の一つとされていたCOPD(慢性閉塞性肺疾患)でした。コロナの感染を懸念して受診する患者さんが減少していた一方で、COPDは継続的な治療が重要です。これは社会、そして患者さんの医療課題であり、当社のビジネス課題でもありましたので、患者さんが感染リスクを回避しつつ受診できる方法として、オンライン診療のプロジェクトに取り組むことになりました。
実はこのプロジェクトはPoC(概念実証)を達成できなかった事例の一つでした。COPDを罹患されている方には高齢者が多いため、デジタルリテラシーが求められるオンライン診療がフィットしませんでした。スマホやアプリが難しい層でも電話診療ならある程度使えるなど、多くの学びもあった一方で、プロジェクトとしては失敗したため、担当シニアマネジメントからは厳しい言葉が返ってきましたね。
しかし、そこは根気強く、「オープンイノベーションや新規事業探索は100のうち5生き残ればいいという世界のなかで、短期的に検証して、ワークしなかったので打ち切ったものの、今後も投資してください」と提案しました。結局その次のプロジェクトも投資していただけましたが、ここは粘り強さが要求された部分ですね。活動初期は特にシニアマネジメントとの密なコミュニケーションが欠かせませんでした。
森谷:面白いですね。御社が関与しないプロジェクトで成功したものは出てきていますか?
劉:お繋ぎしたパートナーにフォローアップすると、面談はしたもののうまく進展しなかった、NDA(秘密保持契約)は結んだがうまくいかなかった、プロジェクトに進んだがPoC(概念実証)がワークしなかったといったケースが多いです。最近では、いくつか紹介できるような事例も増えてきています。
荻原氏(以下、荻原): i2.JPがマッチングのプラットフォームとなってパートナー間がつながったビジネスマッチングは、今年だけで100件以上になります。
劉:打率5%と考えると、来年の今頃には5件ほど報告や共有できる事例が出てくると期待しています。
森谷:i2.JPは、今後も拡大しながら取り組んでいかれる予定ですか?
劉:うれしいことに、我々の取り組みにバリューを感じてくださっているパートナーさんからの紹介が増えていますが、こだわりを持っているのはサイズの大きさではなく、コミュニティとしてアクティブであるということです。
現在、ビジネスマッチングをどのようにもっと効果的に行うか、皆さんの顔がお互い見えやすくするにはどうするかというところを重点的に取り組んでいます。今年は大型なミートアップイベントを11月に東京と大阪で開催しました。
私たちだけで開催するのではなく、エコシステムパートナーと協力しています。お互い数百のパートナーがいるため、このエコシステム同士の人間が有機的に絡み合って、アイデアをシェアし合い、顔が見えるような活動をしているところです。そこからどんどんプロジェクトが実働として動いていって、社会実装されていく未来を回し続けたいと考えています。その過程で着実に大きくなっていくと思います。
荻原:今回実施したイベントは、課題感を持つ自治体や企業の方々にリバースピッチいただき、様々な参加者含めてアイデアを議論することで、より質の高いネットワーキングができるような企画にしました。コミュニティとしてアクティブさを保つためには、パートナー企業の積極的な参画も欠かせません。そのため、We are all innovators!をキーテーマとして、様々な課題やアイデアを様々なステークホルダーが共有し合うことで、一人一人がイノベーターとなってぜひ行動していただきたいという想いがありました。
森谷:どんどん広がっていきそうですね。
劉:イノベーターは組織の中でも小規模であったり、権限が制約されていたり、失敗が多いため逆風も強く孤独なこともあります。そういったペルソナが多いので、ネットワーキングの機会を通じて、横の仲間づくりをしていただければと思っています。また、成功体験だけでなく、失敗体験も共有することが重要だと考えています。そういったことを通じて、より強い、活発なコミュニティを構築していきたいですね。
アドヒアランス向上のポイントとなる習慣化
森谷:最近、国立の医療研究センターの先生(生活習慣病の領域)とお話ししてきました。WizWeは、今は未病予防が中心ですが、将来的には治療領域で「治療離脱」の防止などで貢献できる領域もあると考えています。
ただ、現状で治療の領域となると、WizWeのサポートでは難しいポイントが多く、乗り越えなければならない壁はまだまだ大きいですね。改善を繰り返し、壁を乗り越えた後には、「学術的な理論」を「ショート動画や画像などをワンクリックで、かつ分かりやすい形で届ける」、それらの視聴を習慣化するという貢献ができると思っています。
また、「主治医の皆様の方針に従う形での、日々の日常生活へのサポート、そして感情面のケア」という貢献もありそうです。人口減少社会に突入した日本においては、手厚いサポートを多数に届けるには人が足りないという構造的問題があります。今後、更に深刻化していく予測がありますので、一部業務を皆様に代わって請け負っていくなど、私たちが黒衣(クロコ)として下支えをすることで、医療従事者の皆さんの負担を減らし、患者さんには手厚く寄り添えるような環境を作り出せるといいなと思っています。
最近は、運転手さんの睡眠や健康管理の話もきています。デバイスを使用してバイタルをずっとモニタリングし、健康増進と事故防止を実現していく取り組みです。
劉:運転手さんの健康は当社としても関心のある領域で、何か貢献できないか検討しています。車内でリアルタイムに高精度なバイタル情報を取得することは意外と難しいのですが、試してみないとわからない部分も多いです。取り組んでいることが似ていますね。
森谷:取り組みの内容もそうですし、近い価値観を感じています。WizWeのビジネス構造が、水や空気のような形で、黒衣(クロコ)や土台として、様々なサービスの下支えで入る形であるが故に、様々な分野の方々と習慣化の話をしていきます。AとBとCというサービスを繋ぎ、まとめて習慣化するという話があったり、大手とスタートアップの間に習慣化サポートという潤滑油的に入ったりしています。結果的に、複数のサービスをつなぐ、プラットフォーマーの立ち位置になっているように思います。
劉:アドヒアランスの側面では本当に習慣化が重要な部分です。例えば、慢性期の循環器系疾患では継続したコントロールが非常に大切です。ただし、変化があまり目に見えないこともあり、患者さんによっては習慣化が難しいと感じています。呼吸器系疾患も同様で、急性期に発作が起きて辛いときはお薬を使用しますが、一度症状が改善されると、「もう大丈夫」と考えてしまう患者さんも中にはいらっしゃいます。
私たちは、このような課題に対して、どうしたら患者さんがもっと続けることができるかといった観点から、プロジェクトを開始することが多いです。患者中心の視点から始め、患者さんの抱える問題を見つけて、それを解決する方法を持つパートナー企業をi2.JPの中で見つけて、一緒に取り組んでいくという形です。
未病×習慣化は自動のデータ取得が課題
森谷:今の活動が進展していき、将来ペイシェント・セントリックな世界観がオープンイノベーションを通じて新しく生まれてくるといいなと思っています。人口の減少で都市設計も変わらざるを得ないですよね。医療格差の顕在化に伴ってペイシェントジャーニーが変わっていくというときに、うまく患者さんを中心に据えた施策がでてくるといいですね。
劉:地方と都市部での医療格差の課題は顕在化していて、いくつかの領域でそれに対処するための検討を始めています。人口動態は変えられませんが、高い精度で予測されるため、早めに様々な取り組みを行い、本当に困ったときの打ち手の候補を作っておきたいですね。
当社は医薬品の開発だけではなく、患者さんがご自身の健康リスクを認知し、専門機関に相談され、適切な診断とご自身にあった治療を受け、継続し、治療が終わった後も健康を維持できるようになるまでの医療全体に関わる体験を捉え、向上したいと考えています。
もちろん、全ての疾患領域をカバーしているわけではありませんので、他のパートナー企業の皆さんにも、私たちのプラットフォームの中で同じような動きを模索し、多くの患者さんに貢献できるようにしたいです。理想的には全ての患者さんに貢献できる状況を築きたいのですが、まだまだその目標には遠いです。
森谷:私たちの習慣化サービスは、治療の領域にはまだ踏み込めていないですし、途方もないことだと思っています。今は未病予防のところまでですが、将来的には重症化予防、循環器系と血糖あたりは生活習慣の改善で貢献できるのではと考えています。かなり規制が多いので、時間はかかると思いますが。
そのためにも、ある程度の精度は必要ですが、測定の簡易性が非常に重要です。現在、未病予防領域は測定に一定の費用と手間がかかるのですが、測定の気軽さがひとつポイントになるのではと思っています。
劉:UXの中で心理的障壁をどう解消するかですよね。私は血圧計がついているウェアラブル端末をつけています。朝と夕方に1回ずつ全部アプリが自動的に管理してくれますので、医師には変動をグラフで報告できます。そういった実体験があるため、ユーザビリティを高めて導入障壁を減らしていけば、もっと便利になって、より多くの人が利用するようになるのではと思います。
森谷:習慣化サポートはデータの取り方と非常に密接です。毎日自動でデータが取得できると習慣化しやすいですね。自己申告で入力しなくてはいけない場合は、なかなか難しいです。
劉:そこはドロップが発生しやすいポイントですね。
森谷:自動化領域を強化しながら、できるだけ自己申告を減らすことが、隠れた習慣化の仕組みだと思っています。
劉: 例えば、慢性心不全はほとんどが紙ベースの自己管理もしくは自己申告です。一方で、ワンアクションが必要ですが、朝起きて体組成計に乗ることを習慣づければ、その日の体水分が分かります。体重および体水分の大きな変動(増加)はリスクがあるということは分かっているのですが、体組成計を導入するには価格や他の障壁があります。
呼吸器系の疾患でも理想的な管理はピークフローメーターでの測定ですが、それも継続のハードルは高い。ですから、基礎的なバイタル情報をカメラの画像だけで自動的に計測できる方法などの新技術を探索しています。
森谷:薬を飲んでいるかどうかの管理ログをいかに自動で取れるかが、今の私たちの課題です。現在は自己入力で何とかなっているのですが。錠剤薬のブリスターパックにセンサーを付け、服薬管理が自動で行えるi2.JPのパートナー企業をご紹介いただきましたね。
劉:彼らのソリューションは素晴らしいコンセプトだと思います。ただし、社内では、合う・合わないがあるという結論になりました。当初はオンコロジー領域で使えるのではと考えていたのですが、疾患の深刻さから、薬を飲み忘れる患者は非常に少ないということでした。
また、腎不全や心不全の領域では、皆さん複数種類の薬を服用しているケースが多く、しかも剤形もいろいろある中ではワークしづらいのではないかとの指摘がありました。
では、マーケットがないかというと、そうではありません。例えば、ピルのように単剤で定期的に服用しなければならないものや、比較的多剤でない疾患領域などは合う可能性があります。その場合には、i2.JPを通じて、その領域に課題感を持っている企業にパートナーを紹介しています。技術があって、アンメットニーズあって、合う・合わないというマッチングが最終的には非常に重要になってくると思います。
森谷:i2.JPのおかげですね。
劉:私たちがいない領域でもコラボレーションが生まれていくことで、このコミュニティに対する求心力が高まっていきます。このプラットフォームを使って出会ってもらい、私たちも同じ関心領域であれば一緒にプロジェクトをやりますし、そうでない場合はニーズが合致しそうな若手同士をお繋ぎする仲人のような役割をしています。
森谷:まさにエコシステムの拡大ですね。
劉:そうですね。当初は7つの団体で始まったネットワークでしたが、今ではアカデミアや金融などの企業も増えてきています。単純にヘルステック、バイオテック、メドテックだけではなく、それを取り囲むようなプレーヤーが増えていますので、エコシステムの形に成長していると感じます。
森谷:私たちも「習慣化プラットフォーム」という業態にはこだわりを持っています。習慣化サポートのメカニズムにも誇りを持っていますが、技術的に言えば、『習慣化サポートという直線的なビジネス』については、同じようなサービスを展開する競合も出てくるでしょう。
しかし、私たちが作ってきたエコシステムは、模倣は容易ではないと考えています。今の取り組みを加速し、つなげるところはどんどんつないでいくことを継続すれば、自然にエコシステムそのものが自己増殖していきます。このエコシステムの拡大を、「習慣化プラットフォーム」としての強みにしていきます。
劉:それは非常に大事なことだと思います。現在、社員の健康課題を特定し、健康推進施策を導入することを検討し始めています。ここもi2.JPのパートナーのソリューションを活用しております。こういったソリューションや考え方がますます大事になってくるだろうと考えています。
森谷:ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。