市民とは
お久しぶりですおまめです。この10月の衆議院議員選挙で議席数が変動したことが話題になっているのですが少し思うことがあるのでしたためようかなと考え記載します。以下には私の政治的思想が含まれるためご不快になられるようでしたらお控えください。
まず初めにポジションを明示しておきます。私はライトな国民民主党支持者です。そのうえでお読みください。
国民民主党に対するご批判であまり知的に見えるものが少なくとても残念に考えております。もちろん議論は必要です。ただ議論になっていないものが散見されるのです。自分の都合のいい部分を切り出して貼り、エコチェンバー現象で集まった仲間に喧伝する。それを広めトレンド入りさせる。昔言っていたことをひっくり返してまで批判する…あまりにこう…建設的ではないように感じます。
もちろん好きor嫌いならご自由に発言すればいいと思うのですが良いor悪いとなると話は変わってくると思います。悪い!と批判をするには知識が必要です。言い逃げで自分が正しいというのはあまりに市民として成熟していないと思います。
そもそもなんのために議論をするのか…深めるためです。弁証法的にアンチテーゼとしてだすなら素晴らしいのですが何も生み出さず人に不快感を与え、自分は何もしないのはとても下品だと感じております。答えや正しいという事などは少なくともそんなに単純なものでは無いはずです。頭を使わないのは楽でいいですが、もっと市民たらしめていきましょう。考えないようではただのキノコですから。
いい加減 快or不快以外の感情も増やしていって市民たるべく健全な議論をする人がもっと増えればな…と思います。
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