三題噺SS『禁愛の果て』 葉桜ことり

お題目


「ガマガエル」
「入浴」
「スローモーション」


禁愛の果て

 ばあちゃんがドロン。

 ばあちゃんの剥いた落花生の殻が低いテーブルの上でサグラダ・ファミリアのようにそびえ立っている。
 いびつでありながらも美しいソレは、今、また超超超低速スローモーションで傾き始めた。
 陶芸や絵画を愛していただけに凡人離れした芸術的殻山だけを残し、忽然と姿を消した。

 僕はまったく油断していた。

 でも、今さらだけど、思い起こせば予兆らしきものは確かにある。
 ばあちゃんは、落花生を剝くのが日課で、血の繋がらない僕に落花生豆腐や落花生を細かく砕いて和えた青菜、落花生ともち米を炊いた豆ごはんなどを毎日、振る舞ってくれていた。
 しかし、毎日繰り返される落花生料理に、僕はもう正直飽き飽きしていた。
 一口も手をつけない日もあって、それでもばあちゃんはイヤな顔をするでもなく自分の小さな胃袋にゆっくりゆっくりと押し込むように食べていた。

 それがおととい、めずらしく肉の珍味をばあちゃんが僕に差し出した。
 久しぶりの肉の匂いに、脇目も振らず喰らいついき、珍味でカクテルを一杯、飲みたくなった。

 しかし、ここは見渡す限り、田んぼばかりで昼間だろうが夜中だろうが、カエルの声が響き渡っている。
 アマガエルのケロケロじゃなく、ボーオボーオと鳴く土色のガマガエルだ。

 珍味を食べ終えた途端、身体中が痒くてたまらなくなって、僕は、ばあちゃんに泣きついた。

 僕の臓器すべてが痺れるように熱い。

 ばあちゃんは、

「風呂に入りんしゃい」

とぬるめの湯をたっぷりと浴槽に張ってくれ、笑顔で入浴を勧めた。
 浴槽に浸かったのは何年ぶりだろうか。
 素早く、シャワーを浴びる生活が当たり前だったから。
 この痒ささえなければ天国のはずだ。
 しかし、血流が良くなりすぎてしまい、つま先から頭まで痺れるような痒さが増し、髪も濡れたまま、僕はよろけながら、布団にもぐった。
  
 「ゆっくり、寝なさいな」

 ばあちゃんはその日もいつも以上に優しかった。
 そして、それが最後の会話となった。

 今ごろ、後悔しても遅い。

 西側の出窓のわずかな隙間から生ぬるい雨が無言で吹き込んでいる。
 今にも雷が鳴りそうだ。
 
 ばあちゃん一体どこにいるんだよ。
 ばあちゃんがいなくなれば、また僕は独りだ。
 ばあちゃんがいなくなれば、また、僕は次のばあちゃんを探すしかない。

 ばあちゃんのいない空間はとにかく寂しい。
 その時、日に灼けた畳にキラリと何かが光っているのを、見つけてしまった。
 近寄って、畳に顔を近づけると、それはばあちゃんの白髪だった。
 その一本の白髪が眩しくて、僕はまたよろけそうになった。
 鼻にあて匂いを嗅ぐと、ばあちゃんの甘い匂いが脳裏に突き抜ける。
 僕は、ばあちゃんの白髪をくるりと丸めて、呑み込んでみた。

 こんな田舎でも、外は危険だから、僕はばあちゃんが心配で心配で仕方がない。
 
 あぁ、それにしても、まだ身体中が痒くてたまらない。

 誰かが、ドアを叩く音がする。
 ばあちゃんだ、絶対にばあちゃんが帰ってきたんだ!

 思い切りドアを開けた。

 ウソだろ……。

 すぐさま、警察官3人に取り囲まれ、

「18時38分。高齢者誘拐犯、確保!」 
 
 あぁ………。

 警察官の隙間からニンマリと笑うばあちゃんの両手には、逆さまに吊るされた土色に紫の縞模様のガマガエルが僕を睨みつけている。

 かゆー!

       * おしまい *


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