地球とあそぶ
地球とあそぶ。このフレーズは何故か使い回しされていて、度々メディアでお目にかかる。長い夏休みの最終日にかこつけてバイト前にカフェへ。棚から「地球とあそぶ」というエッセーを拝借してしばらく読んだ。面白かったなと思ってAmazonで検索するとこの本に対するレビューはやや辛口。誰かの感想に感化されてなんかもう買うほど面白かったのか分かんないけど、釣れた魚の匂いや、山に登った時の息苦しさを想像して、私もっと地球とあそびたい、とアホみたいな理由で切なくなった。
また、週末実家へ帰る。連休だけど予定がないので帰ることにした。小学生の頃ラジオ体操をした神社、秋になると鹿の鳴き声が聞こえてくる山、猫の道、子供の頃登りたくて仕方なかったでかい土盛り。正直田舎ゆえに変に徘徊して近所の人に見つかるのが嫌で、帰省してもかつて冒険に励んだ道を散歩するのが億劫。
ここ最近カフェをずっと探している。程よくこじんまりとしてて、静かすぎずうるさ過ぎず、流行を意識してなくて、選ぶのが楽しいくらいにはメニューが豊富で、高過ぎず、有名過ぎないカフェ。理想のカフェを、永遠に探している。なんかいいなと思っても、友達の誰かがその店のインスタをフォローしてたりするとなんか萎える。私のお気に入り!なお店を見つけたい、まだ見つかんない。
今日行ったカフェに行くのは3度目。一度読んだ本をもう一度読むよりも新しい本を常に読みたいという精神はカフェ巡りにも通じている。新しいお店に行きたいと強く思っている。だけど同時に、常連ばっかりだったらどうしようとか考えちゃって、個人経営のカフェに行くのはちょっとドキドキする。
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