難しい顔して、どうしたんですか?
そう言われ、私は全集中していたスマホから目を離し、顔を上げる。
「あれ…もしかして福くん?!」
びっくりしつつ、私は福くんに笑いかける。
「大きくなって~!眉毛少し整えた?かっこいい!」
私は、チョキの手を自分の眉に添える。10ほど年下の男子を前に、私のジェスチャーはババアだ。福くんは照れてくさそうに笑う。
「今から大学の講義なんですけど、時間あるので寄り道してたんです。」「え、福くんってもう大学生?!」
衝撃の事実に言葉を失う。マルモリの福くんを昨日のように思い出す。私はタイムトラベルでもしたのか…。
「あの福くんがもう大学生か…。そりゃ私も年を取るわけだな。」
昔、親戚に言われたことを、私も言う。子どもの成長は時間のものさしだ。
「スマホで何見てたんですか?」
「え?ああ、『みてね』ってアプリ。若者には馴染みないと思うよ。子どもの写真をアップして、おじいちゃんおばあちゃんとか親戚に写真を共有するアプリなの。」
私は福くんに、娘と息子の写真で埋め尽くされたスマホ画面を見せる。
「わあ、お子さん可愛いですね!」
「ウフフ、ありがとう。」
「動画もアップできるんですね。おじいちゃん達に喜ばれるでしょ?」
「うん、アップしたら5分以内には必ず見てるみたいだからね(笑)」
「見られたこともわかるんですか?」
「そうそう、ココに『みたよ履歴』が出るの。」
そう指さすと、祖父や祖母のアイコンが「〇分前」に閲覧したと出ている。
「月1で会えたらいい方だけど、このアプリがあると『毎日会ってる感覚になる』って喜ばれるの。なかなか会えないコロナ禍でも大活躍だった。写真や動画のデータもクラウド保存できるから便利なんだよね~。」
このアプリ開発者は天才だと思う。高齢者(祖父母)をいきいきさせた社会貢献を評して、天皇から表彰されるべきだ。
「難しい顔してるように見えたんですけど、僕の勘違いですね(笑)」
「あ~、眉間に縦線入ってた?」
「『半沢直樹』の香川照之さんみたいでしたよ。」
「マジ?大和田常務?(笑) まあ、このアプリも便利なんだけど、難点もあって…」
「そうなんですか?」
きょとんとした顔で福くんが見つめる。愛らしい無垢さは今も健在だ。これも天才子役がなせる業か…。
「福くんに言っても仕方ないんだけど…」
「気になるじゃないですか(笑) 時間あるし、教えてください。」
子どもと思ってたが、福くんはもう170cmほどあった。ほんと、大人になったね。
「愚痴っぽくなるよ?」
「いいですよ、聞きます!」
私は3年前に娘を出産した。夫には妹と弟もいるが、義両親にとって初孫だった。「みてね」アプリに写真をアップするようになると、夫の家族全員が登録してくれた。
通知機能もあり、祖父母である義両親は、娘の写真をアップする度にすぐ見てくれた。義妹義弟もよく見てくれた。
2年後、私は息子を生む。同じ頃、義妹にも子ども(甥)が生まれた。
義妹も「みてね」に子どもをアップするようになる。同じアプリ内で、見たい方の子ども(私の子達 or 甥っ子)をクリックすると、その子の最新写真が画面に埋め尽くされる。
私も義妹の子の成長を微笑ましく見た。赤子は可愛い。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、モヤモヤすることも増えた。
何気ない甥っ子の写真には、必然的に義妹夫婦の生活スタイルが垣間見える。
ある日。義妹は、たくさんの旅行写真をアップした。見ると、ホテルの部屋がえらいスイートだった。しかも旦那さんがサプライズケーキを用意しており、「(義妹)ちゃん いつもありがとう!」と書かれていた。
素敵!と思う反面、これ、いくらしたんや?と私はゲスい詮索をしてしまう。じゃらんによると、1泊5万円~/人で驚愕した。
そのほか、義妹は甥っ子が欲しがるものはなんでも買い、節目で記念撮影するときも、庶民的なアリスなどでなく、一流の写真館で撮影する。
義妹夫婦は同業者なので、収入はうちと同じくらい。
出先でもおにぎりを持参し外食代をケチる私たちに対して、金を惜しまず豪遊する義妹夫婦。同じアプリ内で、お金の使い方が大豆と真珠くらい対照的な2つの生活模様が描かれていた。
大豆の私は、義妹家族の写真をよこしまな目で見るようになってしまう…。
「ふーん、こういうところにお金をかけるんだ~」
「またお義母さんも写ってる。やっぱり外孫の方が可愛いのかな…」
「なんでこんなに羽振りいいんだろ…もしかして義両親が援助してる?」
こんなことを考えてしまう自分に、嫌気がさした。
「気持ちはわかりますよ。僕もよく愛菜ちゃんと比べて、被害妄想したときがありました(笑)」
福くんはそう言ってフォローしてくれる。優しい。
「愛菜ちゃんは人生3周目って言われてるもんね(笑) でも福くんも活躍してるじゃん。生放送で平野レミさんのお料理を『面白い味ですね』ってコメントしたのは、なかなかよかったよ!」
私は親指を立てる。福くんは「いえいえ」と謙遜する。
「そういえば、こんな思考回路が嫌で、インスタとか見なくなったんだよね。でも義妹も私たちの写真を見てくれてるのに、こっちは見ない訳にいかないし…。」
「聞いてると、家族版インスタって感じですね。」
「そうかも。」
「インスタとかのSNSは基本匿名だから、投稿のハードルも低く自己実現欲求を満たされやすいです。『みてね』は匿名じゃないけど、見てもらう相手が家族だから、同様にハードルが低いんでしょうね。」
「自己実現欲求?」
「『自分らしくありのままでいたい』というものです。本来他人に遠慮して、自分が思ってることや上手くいっていることは、隠しながら過ごすものですが、匿名だと、自由に表現できるんですよね。承認欲求とはまた別のSNS依存の要因でもあります。」
「えらい詳しいね。」
「僕ら、物心ついたころにはSNSがあったんで。義務教育ってわけじゃないですけど、教わりましたね。」
これが令和の大学生か…。私なんかより、生きた知識を蓄えている。
「確かに、私もnoteで書いてることは、知人には見られたくないなあ。読む相手が自分を知らない人だからこそ、ありのままを書けてるんだよね。」
福くんは神妙な顔でうなずいてくれる。
「義妹さんも気持ちを許した家族が相手だから、ありのままの写真をアップするんでしょうね。」
なるほどね。私も両親相手だと上手くいってることや楽しかったことを話したくなるな。
「それに対面会話で相手の近況を少し聞くのと、写真や動画で状況を読み取るのとでは、情報量やとらえ方が違いますよね。」
確かに義妹の旅行も、「ちょっとホテルを奮発しちゃった。」と対面で聞くのと、ただ高級ホテルでの写真を共有されるのとでは、印象が全く違う。
「勝手に私がジェラシーを感じたんだな~。あと、息子と甥の月齢も近いから、私が無意識に対抗意識を持ってたのかも…。」
嗚呼、人間って面倒くさい。
「思い切って、『みてね』の更新や閲覧頻度を減らしてみてはどうですか?案外相手は『忙しいのかな~』と思うくらいですよ。」
「デジタルデトックスってやつか。」
そうしよう。
時代とともに、生活は楽しく、そして便利になったが、油断すると私たちは見えない何かに縛られてしまう。
客観的に自分を見つめるようにして、上手に立ち回らなければいけない。
「あ、もうこんな時間!じゃあ僕はこれで!」
「聞いてくれてありがとう。気を付けてね!」
福くんはぺこっと会釈して、走っていった。
思えば、最近の若者は、大人でも使いこなしにくい文明の利器とともに成長した。私たちよりずっと逞しいのかもしれない。