「赤と青とエスキース」青山美智子 人の心は複雑。 行動や言動と、そこに隠された想いが一致していないことなんてざらにある。 そんな、簡単で当たり前でわかりきっていることを、どうしてつい忘れてしまうのだろう。 私は、人の思いを、心の揺らぎを、どれほど見逃してきたんだろう。 この本を読んでいる途中、ある人のことがずっと頭の中にあった。 大好きな人。 大好きだった人。 伏せてしまった目や、何かを言い淀んでできたわずかな空白。 全部、確かに感じたはずなのに、どうして見過ごす
通り魔に刺されるのと同じくらい突然に、大きな悲しみの波に襲撃されることがある。 友人との飲み会の帰り道で、一人になった瞬間。 救急車のサイレンが、自分を追い抜いて行った瞬間。 深夜、1人机に向かって文章を書いている時に、遠くから聞こえる終電の走行音に置いていかれる瞬間。 ふと、胸がキューっと絞られる感覚になる。 独りだな、、、と思う。 独りで、この命を燃やし続けるんだ、ずっと、、、 そう思う。 無性に、悲しくなる。 いつからか、音のない空間に身を置くことが怖
「夜空に泳ぐチョコレートグラミー」町田そのこ 人は、自分が命ある間に受け取ることができる、1番の愛を求めてこの世の中をもがき泳いでいる。 陽の光を受けてキラキラと輝く、暖かな水の中を行くものもあれば、濁流に呑まれ、ひっそりと消滅するものもある。 まやかしの愛に溶かされるもの、愛に擬態した歪な縄にがんじがらめにされるものもある。 でも、それで良いのかもしれない。 しっかりと、えらで呼吸して、ひれを動かす。 行先が、泥水だと、分かっていても。 自分ができることはそれ
「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」 尾形真理子 「試着室って複雑な気持ちなるものなのよ。ああ、私も老けたなぁなんて思って、そこから昔のことを思ったりしちゃうものなのよ。」 そんな母の言葉を、思い出した。 試着室はたしかに、自分の姿以上のものと向き合わざるを得ない場所なのかもしれない。 強めの照明で照らされた広くはないスペースで、大きな鏡と1対1で対峙する。自分と、自分。 そうなった瞬間、新しいシミやそばかすと共に、自分でも気がつかなかったような感情や、見な
「シュガータイム」 小川洋子 赤の他人に対して憐憫の情が湧くことがある。 ふとした瞬間の仕草や行動、後ろ姿などを見て、その人のことを哀れに思ったり、何故か悲しく切ない気持ちになる。 そして、そのような感情を抱いたことは、そっと自分の中にしまい込む。 口に出してしまうと、もっとその人が可哀想に、惨めになってしまうから、、、。 この本には、原因不明の、異様なほどの食欲に悩まされる主人公と、病によって年齢に見合わない身長のまま成長してしまう主人公の弟が登場する。 主人公は読ん
コンビニたそがれ堂〈祝福の庭〉 村山早紀 温かいスープが入った木のボウルに木のスプーンが当たった時のなんとも素敵な丸っこい音。 村山早紀さんが綴った文章を読んでいると、言葉が紡がれてこの世に誕生するときはそんな温度の高い音が聞こえるんだろうなと思う。 いつからおとぎ話を鼻で笑ってしまうようになったんだろう。 昔は妖精や、魔法使いやサンタクロースが友達だった。私はどこでたくさんの愉快な友達とはぐれてしまったんだろう。悲しいような、寂しいような、自分を抱き締めてあげたいよう
「屋根裏のチェリー」 吉田篤弘 一人で高層階に住んでいると、まるで世界から断絶されたような気分になる。 日が落ちた時間帯に急に人の存在を確かめたくなって、深い時間を迎える前にと大急ぎで身支度をして外に飛び出し、そのまま、あてもなく闇の中を歩き回ってしまう。 「ここから出ないと」 「大丈夫」 「電車に乗り遅れても次の始発に乗ることができ る」 屋根裏にとじこもり気味のサユリが動き出すことによって、数人の人生が、磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、サユリの方向に向か
自殺しようと思った。 もう無理。逃げたい。 自室のドアのハンガーフックが目に入った。 YouTube。検索。「首吊り 輪っか 作り方」 説明をする淡々とした声が、私を導く。 ベルトを括って輪っかを作る。 怖い。恐怖心。 失敗したらどうなる? ふと、眠くなった。 死ぬ前に少し寝ることにした。 寝るのは、すき。 夢を見た。 霧がかかった中を1人で彷徨う夢。 茶色い山。壊れた車。灰色の池。 それだけ。 1人。 体が軽くて、ただ風に吹かれるまま。 気
1月1日は不思議だ 人々は皆 義務付けられたかのように笑顔をつくる 新年 新しい年 始まりの1日 昨日の続きの今日に過ぎないのに 背負ったものは 1日だって下ろせないのに
疲れた。 やっと帰路に着いた時、時計は23時を回っていた。 張り詰めた夜の空気に、自分の足音だけがコツンコツンと虚しく響いた。 前にも後ろにも、人っ子一人いない真っ暗な道を進むのは空恐ろしい。 私は歩みを速めた。 ふと、中学生の頃を思い出した。 中学3年生のちょうど今頃。受験を目前に控えた私は、毎日夜遅くまで塾に残って勉強をしていた。 塾からの帰り道は今日と同じように、寒くて、暗くて、怖かった。 「冬の夜道は危険よ」 と言って、母が毎晩、家の前で私を待っていてくれた。
正月帰省していた東京から仙台に戻る日。 私が去年、家出をした原因であり、散々衝突を繰り返した母が、新幹線を待つ私の隣に、今日は立っていた。 大雪の影響でダイヤが乱れ、新幹線は30分も来なかった。 手袋を忘れたから、寒かった。 突然、母の両手が私の手を包み込んだ。 何度も何度も私の頬を叩いた分厚かったあの手は、薄く頼りない手になっていた。 いつか、いつの日か、この手を握り返すことができるかしら。。。
あの人への思いを手放すべき時が来たようだ。 『手放す』なんて文字にしてみると簡単な感じがするけれど、私は必死で、あの人に恋している自分から逃げている。 初めて目と目を合わせた瞬間に身体中に走った恋色の電流。 そっと盗み見た白い首筋、優しげな肩。 笑う時も、謝る時も、目尻と眉尻が下がってしまう あなたのことが好きでした。
眠れない夜が明け、昨日の延長線上の明日になったとき、外に出たくなった。 東北の朝の冷気は人間に容赦ない。 雪が一粒落ちてきて、地面にぶつかり、三片に砕け散った。 私はどこへ向かうともなく、歩き続けた。 目の前をふらりふらりと歩いていた小さな女の子が、突然に駆け出した。正面からやってきていた同じ背丈の男の子に勢いよく抱きついた。 無邪気に抱きつける相手が、私にはもう何年もいない。
幼稚園に初めて登園した日のことを今でも割とはっきり覚えている。 父親の仕事関係で、幼稚園には途中入園をした。 それまで大人としか関わったことのなかった私は、初めて自分と同じくらいの背丈の、やけにうるさい人間たちの中に放り込まれて、非常に戸惑った。あまりの音の多さに頭がぼやや〜んとして、(お母さんいつ迎えにきてくれるのかな)とほとんど泣きそうになった。 その日は雨が降っていて外はグレーだった。それが一層私を心細くさせた。 やけにテキパキした先生が、私に向かっていろんな説明
あなたが産まれたこの世界は誰も助けてくれません。 たとえあなたが深い深い井戸の底で、肉体に冷たく打ちつける現実に打ち震えていたとしても。 涙がこぼれ落ちないように上を向けなんて言う人もいるかもしれません。 でも、上を向いたところで見えるのは、良く見知った顔が、彼等、彼女等の幸せという光を背中にのぞかせながらあなたを見下ろしている景色。 好奇というおぞましいものが入り混じった視線があなたに突き刺さる。 無頓着で無慈悲な安否確認の声があなたの元に放り込まれ、それはただの不穏な
なんにもない。 じぶんには。昔はあった。 でも、今はない、 夢も 志も 光も 闇も 居場所も 好きなことも 嫌いなことも どこに行ったんだろう 逃げたのか 逃げられたのか 諦めたのか 諦められたのか 髪も爪も伸びる おっぱいも大きくなる 9月も10月も 来年も再来年もくるのに 私にはなにもない なんにもない どこにもない なんにもない