
日緋色の鋼鉄装甲
「よくぞ見得を切った! 少年!」
その声はジョーンにとって聞き覚えのある声だった。ゆっくりと瞼を開くと、足元に影が落ちている。恐る恐る顔を上げ、太陽を遮るものを瞳に写した。
「……! ……白い……鋼……」
見たことのない鋼鉄装甲だった。純白の装甲に、全身を巡る血潮の如く赤い線が揺らめくように光っていた。
背には身の丈程の物干し竿のような棒が備えられている。色合いと表面材質から見て、白い鋼鉄装甲と同質の素材らしい。
フェイスメットの下の素顔は伺い知れないが、声から察するに、昼間に街道で行き倒れていたアイツだ。しかし、あの時と鋼鉄装甲の形状が変わっている。まさか、可変式鋼鉄装甲なのだろうか。
いや、それよりも驚いたのは、Mクラス鋼鉄装甲でありながらLLクラス鋼鉄装甲の装着者であるゴールディ・バーンディの破壊鉄球をその身一つで受け止めていたことだ。
「ンなっ……!? お、俺様のゴールデンデンジャラスブレイキングハンマーを……受け止めただとォ!?」
自信過剰で傲慢ちきなゴールディが狼狽えている。無理も無い。この界隈では彼の黄金鋼鉄装甲に太刀打ちできる者はいなかった。ジョーンの石鋼鉄装甲なんか相手にもならない。
「お、おやビン、もしかしてこいつの鋼鉄装甲、おやビンのよりすげーやつなんじゃ……」
小声で弱音を吐く子分に、ゴールディは黄金のゲンコツを見舞った。
「やかましいっ! 余計なこと言ってビビらすんじゃねェ! やい、白いの! いっ、い、一体なぁんなんだテメェわぁ!」
「問われて名乗るもおこがましいが、知らざあ言って聞かせやしょう」
待ってましたと言わんばかりに、白い鋼鉄装甲の装着者はその場で足を踏み込み、身体を斜に構えた。
「東西、東西! これなるは“烈火の残照”、オオガミ・ヒビキ! 知ってる人は知っている。知らない人は覚えてね。生まれは古く日の出國、育ちは異郷の西の果て。外道が笑う世を憂いて、お上に代わって天下の始末。悪党下郎の皆さま方、隅から隅まで、ぁずずずいぃ~~~っと! ブチのめし奉りまあ~~~すぅ!」
――絶句とはこのことだった。
ジョーンも、ゴールディも、その子分も、自分は一体何を聞かされたのか理解することに脳のリソースの大半を持って行かれた。
リズミカルに聞こえる物言いだったが、言葉の意味はよくわからない。いや、そもそもなんとなく色々間違っている気がする。
「……な……なんなんだこの人……」
「…………ふ……ふっ……ふっざけやがってェ! こンのドサンピンがあ!」
馬鹿にされていると思ったのか、ゴールディはマグマエンジンを全開に吹かした。全身を巡るマグマトロンが鋼鉄装甲を淡く輝かせ、各部の排熱部から湯気が立ち上がる。
「一度は耐えたみてェだが今度は全力全開全霊パワーだ! 完膚なきまでブチのめしてやるっ! いくぞオラアアアァァァ!」
鎖を握りしめ、先に繋がる3メートル大のトゲトゲ破壊鉄球を1000万馬力で振り回す。回転数が上がるほど遠心力が上乗せされ、その威力は飛躍的に跳ね上がってゆく。
マグマトロンが生み出す爆発的な力によって、ゴールディは小型の竜巻と化した。
ジョーンは死を覚悟した。ゴールディのフルパワーを受けては、彼の鋼鉄装甲など文字通り粉々にされるだろう。恐怖のあまり足が言うことをきかず、立ち上がることもできない。
しかし、白い鋼鉄装甲の装着者――オオガミは仁王立ちしたまま、その場から一歩も退くことはなかった。
「くぅらえゃぁ! ゴールデンデンジャラスブレイキング!ゴォーーールデンハンマアアアァァァーーーッ!」
破壊をもたらす黄金の鉄球が放たれた。
全てを砕かんとする破壊鉄球がオオガミに直撃した瞬間――――逆に鉄球の方が粉々に砕け散った。
「んが!?」
身じろぎ一つせず、オオガミは軽く首元をさすった。
「すごい力だな。自らが耐えられずカチ割れるとは。もっとも、それだけ我が“ヒヒイロカネ”が屈強だったということだが」
……ヒヒイロカネ。オオガミは確かにそう言った。
ベリリウム鋼や金剛石なんか比じゃない。それどころか、この国の支配者が纏うオリハルコンやアダマンチウムにも並ぶ、存在そのものが幻とされた伝説の鋼……
「しからば今度はこちらの出番。悪を裁くは真打・ツケ鎚」
オオガミが両肩の装甲を外し、背負っていた物干し竿を中心として一つに繋ぎ合わせた。その形はまさに、柄の長い鎚。
「いざ!」
一振り。
たったのそれだけで、ゴールディご自慢の黄金鋼鉄装甲が木っ端みじんに砕け散った。
「かっ――」
金色の破片が宙に舞い、光り輝く雪の如く降り注ぐ中、ゴールディはうめき声すら上げることなく、大の字となって天を仰いだ。
「おっ、おやびーーーん!」
危険を感じて離れていたゴールディの子分が慌てて駆け寄る。
「なっ、なっ、なんってこったい! おやびんがやられちまうなんて……い、今医者ん所に連れてきますからね! あ、いや先に鋼鉄装甲を直しに鍛冶屋に行く方がいいか!? でもまずは医者に……ああっ、自分はどうすりゃいいんすか! 教えてくれよおやびーん!」
子分はアタフタしながらとりあえずゴールディを担ぎ上げた。LLクラス鋼鉄装甲をMクラス鋼鉄装甲が持ち上げられるのも、マグマエンジンのパワーならでは。
医者か鍛冶屋かどちらに行くべきかわからないもののとにかく足を踏み出した子分だったが、周囲に散らばった金の欠片を目にし、しゃがみこんで地面をさらって欠片を拾い集めてから、そそくさとその場から走り去って行った。
「……アゼン……」
一連の出来事に、ジョーンはフェイスメットの下でポカンと口を開けたまま静止していた。
「しまった。加減を間違ったか」
ポリポリと頭を掻いたオオガミは、ハッと気付いてフェイスメットを開き、今度こそ自前の頭をポリポリと掻き直す。
オオガミの言動はどれもジョーンを驚かせた。このご時世に鋼鉄装甲を解放し、素肌を空気に晒す人間が居るなんて。よほど死に急いでいるのか、ただの馬鹿かのどちらかでしかない。もしくは変態か。
思い返せば、日の出國――つまり、今は無き日本の出身だと言っていた。それが事実なら、オオガミは絶滅危惧種であるジャパニーズということになる。もはや存在自体が驚異のビックリ人間だ。
「大事ないか、少年」
オオガミが振り向く。
へたり込んだままだったジョーンは、見上げる形で彼女の露わになった素顔を目にする。ちょうど後ろの太陽の光が後光のように刺していた。
「い……一体…………ヒヒイロカネの鋼鉄装甲を着て、ジャパニーズで、しかも外で素顔を晒すなんて……一体なんなんだアンタ……」
「む、さっきの口上を聞いていなかったのか? ……まあいい」
小さく咳払いをしたオオガミは、先ほどとはまた違った姿勢で自己を紹介した。
「お控えなすって、お控えなすって。わたくし、姓はオオガミ、名はヒビキ。人呼んで“烈火の残照”オオガミと申します。以後、お見知りおきのほど、よろしくお願いいたします」
言い終えたオオガミが口角を上げた。
ジョーン・ヘンジーは彼女の笑顔に希望を見た。
根拠など無い。ただなんとなく、彼女がこの冷たく無機質な世の中を明るく照らす太陽になると直感したのだ。
世界が大きく変わったのは1999年7の月。隕石群が落下した衝撃で、火山を通して地核から未知のエネルギーが吹き出した。
“マグマトロン”と名付けられた溶岩状のソレは、過去の化石燃料を遥かに凌ぐものだったが、極めて高濃度な放射能を発しており、地表に現出しただけであらゆる生命を危険に晒した。
しかし、強かな人類は、鉱石や鉄を含む合金――“鋼鉄”が、マグマトロンの放射能を完全に遮断することを発見し、これを御することに成功する。
それどころか、ガソリンや電気と比べて少量で莫大な力をもたらすマグマトロンを動力とする“マグマエンジン”が開発され、人類は絶滅の危機から一転、飛躍的に文明技術を発展させた。
そして、放射能から身を守る為の鋼鉄製防護服――鋼鉄装甲が誕生する。
マグマエンジンを搭載することで自重を支え、身体機能を補助し、人の身でありながら重機を凌駕する力を発揮できるという、まさに革命的発明だった。
鋼鉄装甲の硬さ――強さ――は、装着者の地位を現すパラメータと同義。用いられる素材によって、明確な上下関係を持つ。鉛よりも金、金よりもチタン、チタンよりもサファイア、サファイアよりも金剛石……
今や誰もが鋼鉄装甲を装着する、人類総装甲時代。
建物は全てトタンやブリキで覆われ、マグマエンジンの湯気が空を覆う。
そんな時代を、人はこう呼んだ――――“スティールパンク”と。