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眠れる淑女じゃいられない

 ――第五次世界大戦から500年の月日が流れた……

 かつて“地球”と呼ばれた惑星は度重なる戦争によって荒れ果て、その繁栄は見る影も無くなってしまった。

 大地は割れ、海は干上がり、今にも落ちてきそうな空の下で、多くの生物は死に絶えてしまったが――

 ――人類は滅んでいなかった。

「うわああ~~~!」
 
「待たんかいコラァ! 逃げれる思てるんかワレ!」

 戦争を繰り返した人類の総数は最盛期の6.16%まで減少していた。
 惑星全土が廃墟と化した中、それでも人類は残り少ない資源を奪い合い、しぶとく食いつなぎながらも懸命に生命を繋ぎ続けていた……

「だから誤解だって~~~! 僕じゃないってば~~~!」

「俺らから盗んでタダで済むわけねーだろーがコラァ!」
「覚悟せえ! スマキにして地下に埋めちゃるー!」

 無実の罪を着せられた少年、ケンジロウは必死に逃げた。

 後方には9人がかりで追いかけてくる荒くれ共。
 掴まってしまえば五体満足では済まない。内臓を獲られるくらいならまだマシだろう。

 なんとしても逃げ切らなければ。こんな連中に人生を閉ざされるなんてゴメンだ。
 “アレ”を見つけるまで死ぬわけにはいかない。
 どんな手を使ってでも、絶対に生き延びる。

 その瞬間、ケンジロウの目にとある大きな屋敷が映った。

「――っ……! ちくしょう……! もうどうとでもなれっ!」

 怖がりのケンジロウは既に半泣きだった。それでも、あそこに逃げ込むしかない。

 彼は第52地区にある、“死者の眠る屋敷”と噂される廃墟へと向かった。

 崩れ落ちた門構えを通り抜け、草木が生い茂る前庭を一直線に駆ける。

 後ろを振り向く。荒くれ共が門の前で足を止めていた。
 いくら乱暴者といえどこの廃墟に足を踏み入れるのは戸惑うようだ。

 当然だ。この屋敷は500年以上前から現存する、旧世界の遺産と言われている。
 かつて世界を滅ぼした時代の遺物が残っているかもしれない。ヘタに何かに触れれば、大量破壊兵器が起動するなんてこともあり得るのだ。

 追っ手を完全に巻くため、ケンジロウは朽ち果てた扉を押しのけて廃墟の中へ駆け込んだ。

 ――当然ながら、中の荒れようはひどいものだった。
 カーテンの類は原型を留めておらず、窓ガラスもほとんど割れ散っている。天井に空いた穴から陽光が降り注いでおり、埃まみれの空気がハッキリと視認できた。

 しかし、朽ち果ててはいるが、この屋敷がかつて荘厳な威光を放っていたであろうことはケンジロウにも理解できた。

 天井は高く、幻想的なシャンデリアが未だに光を反射し輝いている。
 壁際ではまるで屋敷を警護しているかのように騎士の像が屹立している。
 正面には幅の広い階段が伸びており、その先の踊り場にはズタズタに引き裂かれた巨大な絵画が掛けられていた。

「わあ……これが旧世界の……」

 その光景に圧倒されるケンジロウ。現代からでは想像できないほど、この屋敷が建てられた時代の人類は栄華を極めていたのだろう。

 ケンジロウが言葉を失っていると、背後から怒号と共に物音が聞こえてきた。
 荒くれ共が意を決してこの廃墟に乗り込んできたらしい。

 ケンジロウは慌てて屋敷の奥へと逃げ込んだ。

 薄汚れた廊下を全力で走る。天井の一部が崩れ落ちていて走りにくいが、一心不乱に走る。
 これだけ広い屋敷だ。どこかに隠れる所があるはず――

「――うわっ!」

 床に散乱した残骸につまづいた。

 その拍子に壁にぶつかる。

 老朽化した壁が崩れ、ケンジロウは奥に隠された部屋へと転がり込んだ。

「……っ……てて……」

 ケンジロウが顔を上げると、部屋の中央には巨大な棺が安置されていた。
 まるで昔話に出てくる、吸血鬼が眠る棺のようだ。

「……なんだこれ……」

 まるでその棺に引き寄せられるように、ケンジロウはゆっくりと近づく。

 側面に操作盤らしきものがある。汚れていて文字が見えなかったので、ケンジロウは服の袖で拭った。

「これって……500年前のコールドスリープチェンバー……!」

 ――その時、操作盤に光が灯った。

「っ!」

 息を吹き返した棺から大きな駆動音が発せられる。

 厳重に閉ざされていた蓋が、500年前の空気を放出しながらゆっくり持ち上がった。

 ……外界からのあらゆる接触を遮断する冷凍睡眠装置。現在では失われた技術の産物。

 これほどまでに発展した文明は滅んでしまったが、この装置の中で眠っていた“あるモノ”は生き永らえていたのだ。

 そう……文明が滅び、地球が滅んでも――

「ぅおっはようございまあぁ~~~~~~すっ!」

 ――お嬢様は滅んでいなかった!

「!?」

 冷凍睡眠装置の中から、金髪の女性――お嬢様が姿を現した。

 煌びやかな洋服。スラリとした長い手足。まるでドリルのように巻きに巻いた金髪。

 ケンジロウにとっては、遙か大昔の伝承でしか聞いたことのないような存在。実在したのかどうかもわからない、伝説上の生き物――お嬢様。
 それが今、目の前で、確かに息をしている。

「ぷぴはぁ~~~! めちゃんこ熟睡しましたわ! これだけグッスリレム睡眠をしてしまっては、わたくしのお肌はさらにプルップルでハリッハリのキレッキレになっちゃいますわね! おフォフォ~のフォ~!」

 お嬢様とおぼしき女性は大きく伸びをし、腕と脚の筋肉をほぐし、首をゴキゴキ鳴らした。
 格好はお嬢様っぽいけどその動きはまるでバッターボックスに立つ直前の野球選手みたいだ。

 一通り身体を慣らした後、お嬢様は傍で呆然と立ち尽くしているケンジロウの存在に気付いた。

「おろ? どちら様ですの? 新しいお掃除係のお方ですか?」

「っ……あ、あの……いや……」

「あらいやだ、わたくしったらウッカリさんでしたわね」

 ケンジロウがしどろもどろっていると、お嬢様は自身の腰に左手の甲を当て、頬に右手の甲を当てたポーズを取った。

「淑女大原則ひとーつ! 初めてご対面する方にはキチンと家名を名乗ること~!」

「!? っえ……?」

「わたくし、由緒正しきデモボルト家の跡取り娘、リリアナ・ド・リール・デモボルトでございますわ。よろしくあそばせ!」

 お嬢様――リリアナは軽く膝を曲げ、頭を軽く傾けた。

 よくわからないが、ケンジロウも自己紹介をしなければならないと思った。

「あ……ぼ、僕はケンジロウ・ノーストです」

 ケンジロウが低頭する。リリアナは小さく微笑んだ。

「それにしてもその格好、少々お汚れすぎですわ。仕事上の関係とはいえ、我がデモボルト家に関わるお方ならばもうチョイ綺麗でいてもらわなければなりませんわぞ。アルフレード! アルフレ~~~ドッ! このお方に綺麗なお召し物をご準備してくださいませ~~~!」

「わっ! わ! ちょ、静かに! 大声出さないで!」

 リリアナの予び声が、招かれざる客を呼び寄せてしまった。

「こっちだ! 声がするぞ!」

 声を聞きつけた荒くれ共が駆けつけ、崩れた壁の穴から乗り込んできた。

「見つけたぞ小僧。こんなボロ屋敷まで追わせやがって……覚悟できてんだろうなアァん!?」
「この薄汚ぇ廃墟なら俺達が追っかけてこねぇとでも思ったかコラァ!」

「あわわ……」

「失礼。今、ボロ屋敷と仰いましたか?」

 口を開いたのはリリアナだった。

 ケンジロウと荒くれ共の間に割って入り、自身よりも背が高く野蛮そうな男達相手にも一切物怖じしていない様子だ。

「あ? なんだオメー。フザけたカッコしやがって」
「ケンジロウのツレか? バカそーな女だなオイ」

 手前の男がサバイバルナイフを手に取る。

「女がシャシャってんじゃねーッ! どけ! そのバカみてーなグルグル頭もむしり取るぞコラァ!」

 男がナイフを向けた。

「あっ! に、逃げて――!」

 ケンジロウが叫んだ。その瞬間――

「!?」

 男の両脚が宙に浮いた。

 いや、身体全体が宙を舞った。

 リリアナが男の胸ぐらを掴み、足を払い、豪快にブン投げたのだ。

 男を地面に叩きつけたリリアナは右手の甲を腰に当て、左手の甲を頬に当てるポーズで言う。

「淑女大原則ひとーつ。淑女たるもの、ナメてかかるお方は遠慮なくブチのめすこと」

「テメッ!」

 別の男がリリアナに殴りかかる。
 まるで意に介さず最小限の動きで躱したかと思えば、リリアナは男の腕を掴み、うつ伏せに組み伏せた上で肘関節を極めた。

「があああああああああ!」

「淑女大原則ひとーつ。淑女たるもの、武術や格闘技を嗜むこと」

 リリアナは骨を折る寸前で手を放した。
 立ち上がり、痛みに悶える男を見下ろして鼻を鳴らす。

 そして、他の7人の荒くれ共に向き直って言った。

「わたくしのお屋敷をボロいだの汚いだの、さらにはこの髪まで侮辱するなんてお失礼千万ですわ。このリリアナ・ド・リール・デモボルト、わるくちを言われて黙っていられるほど淑女ではありませんわよ! 全員おシバき倒してくれますわ!」



※この作品は、以下の企画に参加しています


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