ハードボイルドとフェミニズム サラ・パレツキー『サマータイム・ブルース』
最近は今夏の月9ドラマ『海のはじまり』を視聴し感想を書いているのだが、そのドラマの登場人物の一人の言動が私としてはハードボイルド的に見えたので、そのように形容して書いた。
ハードボイルド…久しぶりに私の脳裏に浮かんだ言葉。今ではあまり聞かなくなった言葉。私が二十代の頃はハードボイルド系のミステリー小説をよく読んでいたことを思い出した。ハメットやチャンドラー、マクドナルドのいわゆるハードボイルドスクールに始まり、ロバート・B・パーカーの作品等など。
ハードボイルド(hard-boiled)と聞くとピストルをバンバンと撃ち合ったり暴力的な描写やアクションを思い浮かべる人もいるだろうが、もともと黄身まで固くなった「堅ゆで卵」を意味する言葉で、それが転じて、感情や状況に流されず、軟弱や妥協を嫌う生き様であり、その生き様を描いた小説のジャンルのことである。つまり、自分の中で決めたルールを守るための痩せ我慢をする主人公を描いたものだ。周りの白身は柔らかいけど芯の黄身(ルール)は固くてそれに拘りを持ってる。従って、その固さを守るためには周囲との軋轢が生じるのは必然であり、それが暴力沙汰へと発展してしまう。バイオレンスは主人公が己の信条を死守した結果にすぎない。
以上のような経緯からハードボイルド系のミステリーは男性優位の社会であった。主人公の私立探偵は男性であり、その探偵が己の信条に従い行動していくのである。一読者の私はその言動に痺れ憧れた。
そんな男だらけの探偵達の世界に颯爽と登場したのがサラ・パレツキーが描く女性私立探偵V・I・ウォーショースキーだった。
彼女が登場したのはサラ・パレツキーのデビュー作『サマータイム・ブルース』("Indemnity Only"、1982年)である。舞台は70年代半ばのシカゴ。記述されている風俗からおそらく70年代半ばと思われるが、V・I・ウォーショースキーは60年代からのフェミニズムの潮流から必然的に誕生したと言える。
彼女も私立探偵の遺伝子を引き継ぎ、暴力を伴う脅迫に屈せず、己の信条に従い事件の渦へと飛び込んでいく。しかし、女性としての矜持もあり従来の私立探偵達とは一線を画したV・I・ウォーショースキーの活躍に私も魅せられ新作が出るたびに購入したものだった。女性が主人公のミステリー作品のはしりと言えるだろう。
この夏、『サマータイム・ブルース』で70年代半ばのシカゴの暑い夏を感じるのも良いかもしれない。
現在kindle版だと期間限定ですが無料で読めるみたいです。