未来の女子野球は軟式にしてみませんか?
始まりの章
若い頃から病気がちな私は
齢を重ねる事に肉体的な痛みより
精神的な疲労が多くなり、
特に大勢の人がいる所が苦手になった。
その為、日々の大半が部屋の中で
過ごす事になった。
しかもTVやラジオなど世間からの
情報をほぼほぼシャットアウトして
隠れるように生きてきた。
しかし、かかりつけの医者からは
“ 少しは外に出ましょう。散歩程度で
良いんです。太陽の光を浴びましょう。”
と言うアドバイスを貰った。
何か良いものがないだろうかと
思案しながら、取り敢えずは
一番手っ取り早い散歩をする事にした。
幸い、近くには川が流れていて、
河川敷には野球やサッカーの
グラウンドがある。
「ほらっ、しっかりボールを見て
取れよ!」
ひときわ大柄な体格の男が、
5~6歳だろうか娘と思われる子供と
キャッチボールを楽しんでいる。
「お父さん、早いよ!
少しはさ手加減してよね!」
「ごめん、ごめん!
でも、これくらいのスピードに
ついていけない様じゃまだまだだな!」
なんとか必死で父の投げたボールに
喰らいつきながら、また父へと投げ返す。
そのピッチングフォームは
まだ幼いがゆえぎこちないものだが、
やはり父親を彷彿とさせるものがある。
そして二人の間を行ったり来たりして
“ 僕も仲間に入れてよ! “
と言わんばかりに喜んでいる愛犬がいる。
“ 5〜6歳児にしてはいい球を投げてるな。
血は争えないって訳か “
男はつぶやいた。
ある年の11月上旬。
思ったよりも暖かく汗ばむようだ。
河川敷にあるグラウンドの片隅で
父娘がキャッチボールをしている
姿があった。
二人の楽しそうな笑顔は周囲の人々をも
明るく、つい微笑んでしまう雰囲気に
させてしまうようだ。
昔からこの大柄な男には
そんな不思議な魅力があった。
ライバルチームの選手からでさえ
サインやバットをねだられたり、
バッターボックスに入る際は
相手チームの監督が挨拶を返してくる。
それはアンパイヤにしても同様だった。
一度接すれば誰もがファンに
なってしまう。
本当に不思議な男である。
それらの事は情報不足の私には
後になって知った知識である。
傍らのベンチにいるのは
おそらく母親であろう。
背すじをピンッと張り、姿勢良く
座っている姿からでも
身長が高いのが見て取れる。
何かスポーツをやっていたのか?……
バスケかバレーの選手だったかも
知れない容姿を持つ女性は
二人の楽しげな様子を
さらに楽しげに眺めている。
何やら会話もあるようだが、
11月の秋から冬にかけての
爽やかで、しかしどこかキリッとした
風がその声をかき消して、
私の耳には届いてはこない。
どこにでもいる微笑ましい家族の日常を
切り取ったかのような光景。
何の変哲もなく、ごくありふれた瞬間。
「未来はホントに野球が好きだなァ」
「当然よ!だって私も将来は
球界のユニコーンになるの。
パイオニアになるのよ!エイッ!」
少し力を入れて投げた白球は
背の高い父にも届かないほど高く逸れた。
しかしそれは、その女の子がこの先
大きく野球選手として伸びていく事を
象徴しているように私には見えた。
物語はこの日より8年後に
動き出す事になる。
(第一章へ)
※この物語はフィクションで登場する人物、
団体は実在のものと一切関係ありません。
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