思わぬ感情爆発で2119文字
大学の時、学生劇団の先輩が、当時いわゆる「カルチャー」路線で勢いのあった某流通系企業に就活を仕掛けていて、その一環で件の会社のカードを作ってくれと頼まれた。
なんでも最初に企業訪問する時に、これこれの数の新規顧客を集めてきました、みたいなところから会話が始まるらしくて、その人数が以後の選考でものをいうらしいのだ。
世間知らずであった自分は、へぇそんなものかとも思ったが、今考えると随分あこぎな話である。
結果がどうあれ、彼ら彼女らの集めてきただけカードは発行されるわけで、入社前どころか、入社さえしない人間にも無償労働をさせるのであるから、おおっぴらにやっていたのなら多分社会問題だ。
まぁ社会問題にはならなかったので隠れてやっていたのだろうけれど、40年前の日本など、この程度の国であったわけだ。
案の定この先輩も当の企業には入社できず、結果としてわたしの手元には使うことのないカードだけが残ったのである。
ところで当時はネット通販など存在せず、カードで何かを買うということは、すなわち月賦、もしくは借金と同義であって、かたぎの生活をしていた自分には全く縁のないものであった。
なので初めてカードを使ったのは、就職して一人暮らしを始めてだいぶ経ってからだ。
当時は銀行の窓口が早くに閉まって、終業後に行く時間がなかなか取れなかった。
ATMはもうあっただろうが、これも窓口と同じ時間に閉じたりして、結果、土日に現金がなくなってしまうことがよくあったのである。
そんな時どうしようもなくて、初めてカードのキャッシングというのを試した。
これは紛うことなき借金だ。
当時は金利が恐ろしく高くて(それでいまだに〇〇法律事務所が過払金のコマーシャルを流している)、おいそれと利用できるものではなかったが、1万円借りて、週末を乗り切るみたいなことは時々やっていて、まぁわたしの場合それでカードというものに対するハードルは低くなったのかもしれない。
幸い借金地獄にもリボ払い地獄にも落ちることなく過ごしてきたので、カードなど一枚あればそれで十分である。
というわけで、わたしはこの大学3年の時に作ったカードを今に至るまでずっと使い続けていた。
途中、仕事を退職して作家活動など始めたときに、地道に積み上げてきた利用限度額を初期値に戻されたことがあったけれど、まぁそれは企業としてのリスク管理であろうから、別に恨んではいない。
というか、今の時代をカード無しで乗り切る自信はない。
海外旅行などした際には、やはりカードがあると安心であるし、何よりネット通販には不可欠だ。
長く使っていたので、意味もなく情も湧いてきた。
こちらとしても支払いに遅れたこともないし、マルイのキャンペーンとか、楽天のキャンペーンとか、色々誘惑もあったけれど、結局浮気することなくここ一本で通してきたのだから、自分で言うのもなんだけれど、わたしは良い顧客であったと思っている。
多分何もなければ、お互いウィンウィンの関係で今後もこのカードと一生付き合うのだろうと考えていた。
最近このカード会社から、スマホに着信があった。
多分何かの営業のようなので、忙しかったこともあり、二度、後にしてくれと断った。
さっき三度目の電話があって、どうやらちゃんと三度かけたことも認識しているようなので、ならばと思って話を聞いた。
要はこのカードの利用者に提携している保険の案内をしたいので、資料を送ってもいいか、という話だった。
結局営業だったのでここで断っても良いのだけれど、わたしは優しい。
かけてくる方だって仕事でやっているのだろうから、まぁむげにするのも悪いような気がして、だから送るだけなら送ってくれと答えたのである。
すると先方は、ではどんな保険が良いのか、別で保険会社の担当からお話を聞かせていただくため、改めて電話をかけさせていただきますと言う。
そのために時間指定さえしてきた。
こうなると話は別である。
こっちは資料を送るくらいは勝手にしてくれと言っているのに、相手はさらに個人情報だのを聞きたいといい、あまつさえ別の電話でこちらの時間を奪いにかかったわけだ。
わたしは電話で営業してくる企業から、何かを買ったことはない。
丁寧に(しつこいとも言うが)手順を積んで、話をしてきたので、こちらも礼節を持って答えていたのだけれど、本来はなぜそちらの営業に付き合わねばならないのか、という話だ。
というわけで、久々にムッとして、やや厳し目に話を切り上げてしまった。
あまり気分の良いものではない。
なぁ、〇〇〇カードよ、いくらあこぎな理由で作られたとはいえ、わりとあんたのことは嫌いじゃなかったんだ。
40年うまくやってきたじゃないか、いくら不景気だからって、そういう営業はやめろよ。
今度同じようなことをしたら、ほんとに解約しちゃうよ。
ちなみに件の先輩は、おたくに入社せずに今はフランスの割と裕福な家のマダムをやっていて幸せに暮らしているらしいよ。
俺も幸せにしてくれよ。