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生まれ直し(わたしは神になる)

己の不幸自慢に、自虐的な話題に、緩やかな自傷を繰り返す生活にも飽きてきた。

他人に心配されて、気にかけてもらえることで、一時は楽しかったかもしれないのだが、何度話しても変わることのない自分の過去が鬱陶しいと思うようになってきたのだ。
それに加えて、結局のところみんな話は一応聞いてくれるだけで、私の中の何かが変わるように働きかけはしないのである。
まあ、そのくらい同じ話をしすぎたのかもしれない。

Xの自己紹介文には、フォロワーを増やすために、たくさんのハッシュタグをつけた。
#HSP #心気症#精神疾患#闘病中#うつ病#毒親育ち#トラウマ#不眠#過食嘔吐#希死念慮#メンタル疾患#それでも生きる#同じ悩みを持つ人とつながりたい…

まあ別に、実際はタグの通りでなくてもそんなことはSNSにおいて重要ではない。
あくまでつながるためのツールに過ぎない。

しかし、この自己紹介欄の恐ろしいところは、自分で書いたはずのその言葉たちに洗脳されていくことである。実際にはそうでなくても、そのタグのように自分も行動してしまうのである。
病気は気からという言葉があるとおり、結局不幸も気持ちの問題だというわけである。

ということにも気づいたし、自分で作ってきた不幸話にも飽きてしまったので、とりあえずすべて捨ててみることにした。

生まれ直します。
脱皮です。
身に着けてきた病気も、不幸話も、過去の出来事も、全て皮なのでした。
私は一度死ぬのです。
前向きな死です。

まずはアカウントの削除、それから薬を捨て、病院の診察券、どこでかったかわからない服の数々、身の回りの所持品、もちろんお金はおいておくが財布は捨てる、食器は茶碗と平皿だけ残してあとは処分…。
せめてもう少し、大事なものがあって捨てるか残すか葛藤することがあってもいいと思ったが、不幸で積み上げた私…否、不幸を言い訳に何もしてこなかった私に大切なものなど何もなかった。

分別して、1週間をかけて全ての持ち物が最小限になった。
ミニマリストになれるな…そう思ったが、またそれもステータスとして自分を洗脳していきそうだしそれが理想ではないからやめた。

ものが減っていく1週間をかけて皮をはいだ本体も生まれなおしの儀式をした。

まずは入念に体を洗った。しっかりと、しかし、赤子の肌を扱うように丁寧に。
そして間3日の断食スケジュールをこなし、体内の老廃物を入れ替えた。断食後の回復食には、新鮮な野菜の煮物を用意した。
周囲の人には特に何も話すことがなかったが、挨拶は丁寧にするよう心掛けた。
記憶上初めて他人からの依頼を断った。この体の健康のためには、疲労も毒であるし、生まれ直しの妨げになるからである。

たった1週間だが、この体は神聖なものとなった。
それに捧げるものをこれからどうしていくべきか考えるのは、これは新しい趣味となりそうである。
体からはいい香りがするし、心が満たされているから笑みがこぼれる。

職場の人間がついに心配して、ホットラインの番号が書かれたカードを渡してきたのだが、その必要性は全く理解できない。
心配してくれたことには感謝の気持ちを伝え、しかし今の私に必要ないし、この生まれ変わりをお勧めしてみたが不気味がられた。
今までの自分があまりにも汚すぎたから、不気味に思うのは仕方ないと思う。

あっさり健康体を手に入れてしまった。
医者が間違っていたとは思わないし、彼らなりに医者の立場でできることをしてくれたのだと思うが、結局気の問題だったかもしれない。

まあしかし、神聖な体は現代的なノイズがふさわしくないようで、ブルーライト、満員電車、エアコン、電子レンジからのマイクロ波、化学繊維の服、そういったものに過剰に反応してしまう。
めまい、吐き気からの嘔吐、動悸、過呼吸、冷や汗…とにかく不快になってしまう。

毒を毒で制する方法として薬を使うのはいいのかもしれないが、神聖な体に毒は一滴も入れてはいけない。
むしろ今まで、どれだけ体を濁らせていたというのか。

しかし、この体を生かすためには、社会のシステムに適応しないといけない。
労働をし、対価を得て、そして納税の義務を果たす。
現代の利便性を追求した社会のシステムに適応すれば、この体は神聖さを保てない。

安全な空間を用意できない。なんと不徳な…。

背に腹は代えられない。
すべてを捨て、自分で守っていくしかない。

「金」はこの世を生きていくために必要な道具であるとわかっていたから、仕事だけは捨てないでいたが…
「金」という概念から離れたところで、神聖な体をさらに丁寧に扱っていく。
幸い日本の水はきれいで、草木も育っている。
住む場所を変えよう。暮らしを変えよう。生き方を変えよう。

それが適切だ。

ステータスは、#神
この体は神そのものである。


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