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方法:戦略を組む

この記事の提供するもの

前提としての課題意識

筆者は業務で自ら手を動かして戦略を策定したり、または戦略策定に関する相談を受けることがしばしばあります。
その中で、戦略策定業務に不慣れな人から、
「何からどう考えていけば良いのか…」
という悩みを何度か聞いたことがあります。

もちろん、具体的な検討事項や順序は、対象領域や時と場合、携わる人などによって様々だとは思いますが、基本的(と筆者が思う)手順を抽象的文書に起こしておくことで、戦略策定業務初心者の方に全体感を提供できるのではないかと考えました。この実現が、本記事の課題です。

なお、本記事で「戦略」という場合、それは下図のような戦略的アプローチに基づく計画と行動のいずれかを指すものとします。

詳しくは仮説:戦略と戦術の違いを参照してください。

課題意識・疑問に対して本記事が提供するもの

戦略策定の基本的(と筆者が考えている)流れを、なるべく汎用的な記述にて提供します。プロセスを概観すると下図のようになります。

上図のようなプロセスで、次の4つの情報を明確化することが、戦略策定の基本的流れだと筆者は考えています。

  1. 戦略によってどのような状況生成機序(メカニズム)を生み出すべきか

  2. そのようなメカニズムを実現することでどんな価値が生まれるか

  3. その手段を実現可能と信じられる中で最もコストに低い手段は何か

  4. その手段に含まれる各アクション間の優先順位はどうか

少し長めなものの重要な留意点

本記事は、戦略策定の初心者が抱く「何からどう考えていけば…」という課題の解消に向けて、その基本的な(と筆者が思う)流れを示すことを目的とした記事です。

実際の戦略策定においては、この記事に挙げたようなステップを違う順序で進めたり、粒度を変えて何度も繰り返したり、前に遡ったり、不要な段階を省いたり、複数ステップを同時並行したり…と、さまざまな実施形態があることに留意してください。

また、繰り返しですがこの記事は、不慣れな人向けに基本的(と筆者が思う)流れを示しただけの記事です。
「卓越した戦略」を実現するための方法論ではありません。

実際、卓越した戦略に求められる「物語性を得る」ようなプロセスは意図的に省いていますし、スケジューリングやリソース管理等のテクニカルな議論も本記事では避けています。
そして卓越した戦略を描くには、対象領域への深い知識・経験や高いセンスと、なにより強い実現能力・遂行能力が必要です。

補足の最後として、実現・遂行能力についても触れておきます。
実現不能な戦略は無価値…という観点から、実現・遂行能力は描ける戦略に一定の制約を与えます。
ビル・ゲイツに実現可能な戦略と、私に実現可能な戦略は異なるということです。
また、実現・遂行能力は描いた後の戦略の価値にも影響を与えます。
戦略$${s}$$の策定品質を$${Q(s)}$$、遂行精度を$${P(s)}$$とした時に、戦略$${s}$$の価値$${V(s) = Q(s) \cdot P(s)}$$のような理解が、現実的だと筆者は考えています。

Ⅰ. 意義の獲得

ここでは、

  • 戦略によってどのような状況を生み出すべきか

  • そのような状況を生み出すことでどんな価値が生まれるか

…を明確にすることで、「戦略」の意義の担保を目指します。

#00:戦略検討の前提を整備する

本記事では、

  1. 理想:目標の達成によって近づきたい理想

  2. 機序:目標周辺の状況を生成するメカニズムについての信頼できる理解

…という2点が両方揃っていることを戦略検討の前提とします。
いずれかが欠けている場合は、まず先にその状況を解消してください。

また、状況の機序については、下記の過去記事も適宜参照してください。

#01:目標と取り組み期間を仮設定する

達成できれば理想実現に近づけると確信を持てる目標と、その取り組み期間を仮設定します。
もしここで行なう設定に問題があって後続の検討プロセスに無理がでてきたとしても、その時はここに立ち戻って来て修正すれば良いだけです。
なので、ここではあれこれ悩まず、

  • 目標の記述が理想実現の必要/十分条件を抽出した形になっていること

  • 取り組み期間内での目標達成が「絶対無理と感じる」ものではないこと

…の2つのみ意識してエイヤ!と決めてしまうのが良いと思います。

#02:「不作為な未来」を具体的に推測して目標とのGapを明確化する

戦略を考える前に、意図的な戦略を用意せずに、現状手なりを継続した場合の取り組み期間終了(図で言えば$${t + x}$$)時点の未来を、「状況の機序」に基づきつつ、なるべく具体的に推測します。

次に、目標と(推測した)不作為な未来とを突合し、その差分 = Gap(s)を抽出します。このGapは次のステップで用います。

なお、不作為な未来の推測については以前に書いた仮説:「妥当な推論」の構造も適宜参照してください。

#03:Gap発生の原因を状況の機序内に求める

以前に仮説:戦略と戦術の違いで述べたように、筆者は戦略的アプローチを(状況そのものではなく)状況の機序(メカニズム)を作用対象とした計画・行動であると捉えています。

そのため、戦略の検討にあたってはメカニズム内のどの要素に変化をもたらすべきか…つまり、前段で抽出した(解消したい)Gapは状況機序のどこに由来するかを推定する必要があります。

この推定にあたっては、仮説:妥当な推論の構造で示した先行性・共変性・排他性の3条件を満たした推定となるように注意してください。
また、それら条件を満たした原因を状況の機序理解(仮説)内に見いだせない場合は、そもそもの状況機序理解の修正に立ち返る必要があります。
このような理解の修正については方法:本質的な理解へと近づくにプロセスをまとめているので、そちらを参照してください。

#04:「Gapが生まれない状況」の生成機序を考える

前段で推定した機序内の原因箇所を思考上で様々に変化させながら、どんな機序であれば取り組み期間終了の時点で(解消したかった)Gapの発生を防ぐことができるかを考えます。

#05:変更後の機序で再度未来予測 & Gap評価を行なう

前段で変更した機序モデルに基づいて、取り組み期間終了時点の未来推測を再度行い、その結果と目標と照らし合わせてGap抽出を行い、Gapの重大さを評価します。

重大なGapが残っている場合、再度#03の「Gap発生原因推定」に戻ります。
また、現実的に可能そうなどんな機序変更においてもGapが許容可能範囲内に収まらない場合、#01の「目標と取り組み期間の仮設定」に立ち返って、目標を下げたり、取り組み期間を伸ばしたりします。

許容困難な重大Gapがなければ、戦略意義の獲得プロセスは一旦終了です。

ここまでで、

  • 戦略によってどのような状況を生み出すべきか

  • そのような状況を生み出すことでどんな価値が生まれるか

…の2点は、下図のように整理されていることになります。

Ⅱ. 手段の獲得

ここでは、ここまでで明らかにした「より望ましい状況の生成機序」を実現する手段・計画の獲得を目指します。

#01:可能な手段を洗い出す

検討範囲が十分に狭く・明確であれば、演繹的・網羅的に手段を洗い出すことができます。
そうでない場合は、いわゆるブレイン・ストーミング的なアプローチで手段候補を得ることもできるでしょう。

重要なのは「未来状況への直接的実現手段」ではなく「状況の生成機序への変更実現手段」を洗い出すことです。

こうすることのメリットは、

  • 検討範囲を限定しやすく網羅性を担保しやすい

  • 戦略検証の無理・無駄を分離して検討しやすい

    • 無理:機序変更の実現が困難

    • 無駄:機序変更が実現できても未来の重大Gapが解消しない

  • 戦略案の比較検討で「コスト」観点に集中しやすい

  • ★特に重要:戦略遂行の中での学習プロセスを回しやすい

…などがあると筆者は考えていますが、これらのメリットが生じる機序説明については本論からの逸脱が大きくなるため別の機会に移譲します。

#02:手段候補をコスト昇順に並び替える

未来が同じなら、その未来が実現した時の価値同じはずです。
そして妥当な結果推測を行なうなら、同じ時点で同じ機序をもとにして予測される未来像は同一になるはずです。

ここで注意が必要なのは、コストの幅と量です。

まず幅について、対象の文脈や状況により様々な物事に対してコストが発生しえます。
お金、在庫、労力のような量的・客観的に測れる物事だけがコストではないという点に留意してください。

次に量について、コスト量の算定方式には3つの種類があると考えています。

今、消費されうるコストが$${1〜i}$$番目まであるとして、ある取り組みで実際に消費される各コストの量を$${c_1〜c_i}$$、消費前段階での取り組み主体が保有するリソース量を$${r_1〜r_i}$$と表現したとします。
するとコスト量の算定方式を、

  • 客観的な絶対量評価: $${c_\square}$$を評価

  • 客観的な相対量評価: $${\frac{c_\square}{r_\square}}$$を評価

  • 主観的な効用量評価: $${u(c_\square, r_\square)}$$を評価…典型的には対数関数

…という3つに分類して表現することが可能です。
このいずれによってコストを評価するかで、合計コストの多い/少ないの順序関係がしばしば変わりうる点に留意してください。

#03:コスト昇順の実現可能性を検証する

不確実性を伴うすべてのポイントを検証するのは、現実的ではありません。
下図を参照に適切に検証ポイントを絞り込んでください。

方法:検証ポイントを適切に絞るより

コスト昇順に検証を行っていって、機序変更が実現可能性の点でもその他の副作用の点でも必要な検証をパスできた手段が見つかったなら、そこでこのステップは終了して構いません。
その手段が、必要な機序変更を実現可能と信じられる中でもっともコストの低い手段だからです。

逆にすべての手段を検討しても、必要な検証をパスできなかった場合には、Ⅰ. 意義の獲得に立ち戻って目標・取り組み期間・機序変更のあり方を見直す必要が出てきます。
実現不能な戦略は無価値だし、実現するプラス効用を上回るマイナス副作用を生んでしまうような戦略は有害だからです。

以下、このステップを通過した手段を「候補手段」と呼ぶことにします。

#04:候補手段内のアクションに優先順位をつける

優先順位をつける際の考え方については、方法:優先順位をつけるにまとめたので、詳しくはそちらを参照してください。

#05:戦略全体の整合性を再度確認する

この段階までで、

  • 戦略によってどのような状況生成機序(メカニズム)を生み出すべきか

  • そのようなメカニズムを実現することでどんな価値が生まれるか

  • そのメカニズムを実現可能と信じられる中で最もコストの低い手段は何か

  • その手段に含まれる各アクション間の優先順位はどうか

…という、実行可能な戦略としての最低限の要素を揃えられたと思います。

ここで全体の整合性を改めて確認しておきます。
具体的な確認すべき点は何を対象とする戦略かにより様々ですが、これまでの検討結果に瑕疵や破綻がないかを確認していきます。
典型的には、

  • コスト / 予算の超過

  • タイム / スケジュールの超過

  • 実現可能性 / 実現時期待値の不足

  • 納得性の不足

…というような瑕疵・破綻がないかを確認していきます。

最後の「納得性の不足」について、少し補足しておきます。
これは「筋は通っているはずだが、なぜかピンと来ない」という状態です。
人の思考は必ずしもいつも言語的に行われるとは限らず、この「ピンと来ない」は非言語的な思考が発する重要なアラートである可能性があります。
したがって、「ピント来ない」という声を「非論理的」だと一蹴してしまう態度はもったいないし危険ですらあると筆者は考えています。

一方で「ピンと来ない」ことの解消には、その原因について推定と言語化が必要になります。
特に他者へ「ピンと来ない」というアラートを投げる時は、この推定・言語化への協力を惜しむようだと建設性に欠ける態度と言わざるを得ない…とも筆者は考えます。
ただ、誰しもが言語化を得意とするわけではないのも現実ではあるので、

  • 意義の問題

    • 理想がそもそも違うのか

    • 理想に対する目標が適切でないと感じるのか

    • 戦略が実現を描く未来に目標との重大なGapがありそうと感じるのか

    • 戦略の描く変更後機序では実現を描く未来を導かないと感じるのか

    • 現状の機序理解がそもそも間違っていそうなのか

    • 対目標でもっと効率的・効果的な変更後機序の案がありそうなのか

  • 手段の問題

    • 描く手段では機序変更が実現不能だと感じているのか

    • 描く手段には排除できていない重大なリスクがあると感じているのか

    • 描く手段が何らかの制約条件を侵しているのか

  • 信用・信頼の問題

    • 評価者から戦略の提唱/遂行主体への信用・信頼が不足しているのか

…というような切り口のサンプルを、言語化の補助に役立てば…という意図で示しておきます。

過去に書いた、方法:分解能を高める仮説:センスとはも、適宜参照してください。

まとめ

この記事で手順を提供したのは、

  • 戦略によってどのような状況生成機序(メカニズム)を生み出すべきか

  • そのようなメカニズムを実現することでどんな価値が生まれるか

  • その手段を実現可能と信じられる中で最もコストに低い手段は何か

  • その手段に含まれる各アクション間の優先順位はどうか

…という4つの情報の整備についてです。

大まかなプロセスを概観すると、下図のようになります。

少し長めなものの重要な留意点

本記事は、戦略策定の初心者が抱く「何からどう考えていけば…」という課題の解消に向けて、その基本的な(と筆者が思う)流れを示すことを目的とした記事です。

実際の戦略策定においては、この記事に挙げたようなステップを違う順序で進めたり、粒度を変えて何度も繰り返したり、前に遡ったり、不要な段階を省いたり、複数ステップを同時並行したり…と、さまざまな実施形態があることに留意してください。

また、繰り返しですがこの記事は、不慣れな人向けに基本的(と筆者が思う)流れを示しただけの記事です。
「卓越した戦略」を実現するための方法論ではありません。

実際、卓越した戦略に求められる「物語性を得る」ようなプロセスは意図的に省いていますし、スケジューリングやリソース管理等のテクニカルな議論も本記事では避けています。
そして卓越した戦略を描くには、対象領域への深い知識・経験や高いセンスと、なにより強い実現能力・遂行能力が必要です。

補足の最後として、実現・遂行能力についても触れておきます。
実現不能な戦略は無価値…という観点から、実現・遂行能力は描ける戦略に一定の制約を与えます。
ビル・ゲイツに実現可能な戦略と、私に実現可能な戦略は異なるということです。
また、実現・遂行能力は描いた後の戦略の価値にも影響を与えます。
戦略$${s}$$の策定品質を$${Q(s)}$$、遂行精度を$${P(s)}$$とした時に、戦略$${s}$$の価値$${V(s) = Q(s) \cdot P(s)}$$のような理解が、現実的だと筆者は考えています。

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