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映画『関心領域』一家の母、ヘートヴィッヒになりきってみた。

私はヘートヴィッヒ・ヘス。専業主婦。
夫はナチの親衛隊中佐でアウシュヴィッツの司令官。子どもは5人。末っ子はまだ0歳の可愛いアンネグレット。
夫は毎日馬に乗って仕事に行き、私は美しい庭を手入れしてメイドと一緒に家事育児で忙しくしている。乳母も運転手も庭師もいて、何不自由なく暮らしている。3年前にやっと叶った。

庭の壁の向こうからは常に低い轟音が微かに響くし、たまに悲鳴みたいな声や銃声のような音が聞こえるけれど、そんなの大したことじゃない。

食べ物はいつも豊富にあるし、庭には滑り台付きのプールがあるし、服も届けてもらえる。ラッキーな時は化粧品も一緒に手に入れる時もある。もっとも、服は名前も知らない誰かのお下がりではあるけれど。
遊びに来た友達に戦利品を見せびらかすのが密かな喜び。ダイヤが歯磨き粉に入っていた話をしたらびっくりしていた。ほんとに、「彼ら」は頭が良い。

この間、母が初めてこの家に訪ねて来た。子どもたちとは久しぶりの再会。私の自慢の庭を見て感嘆していた。「私はアウシュヴィッツの女王」と言ってみたら笑っていた。以前母が掃除婦として入っていた家の主人が壁の向こうにいるらしい。滞在中は娘の部屋に泊まってもらうことにした。美しい部屋ねと感激していた。

それなのに、なぜ?

母は何も言わずに去ってしまった。

微かに響く轟音のせい?
それとも壁の向こうに見える黒い煙?

気が滅入って来たので、夫にまたイタリアのスパに連れて行ってと頼んでみた。うん、と言ってくれたけれど、いつ?と聞いたらわからない、だって。

それにしても末っ子のアンネグレットはよく泣く。次女のインゲは夜寝ないで廊下にいることが多い。夫はよく、『ヘンゼルとグレーテル』の本をインゲに読み聞かせしている。

友達を集めて庭でパーティーを開いた。子ども達は滑り台付きプールで遊んでいる。そんな素晴らしいひと時に夫は水を差した。
「オラニエンブルグに異動になる」

信じられない。なぜ今言うの?
むしゃくしゃしてメイドを怒鳴りつけてしまった。

都会暮らしを離れてやっと手に入れたこの素敵な家、素敵な暮らし。そう簡単に手放すわけにはいかない。田舎暮らしは17歳の頃からの夢だったんだから。だから私は提案した。

「あなただけ行って。私はここに残って子どもたちを育てる」

「話はわかった。上に掛け合ってみる」

ルドルフ、あなたがいないと寂しい。戦争が終わったら農業をして暮らしましょう。そんな私の言葉が夫に響いたかはわからない。

季節はめぐり、冬。嬉しい知らせが届いた。夫が新たな作戦のため単身赴任から帰ってくることになった。その名もヘス作戦。君の名でもある、と夫は電話口で笑った。

これで元通り。家族みんなでまたアウシュヴィッツで暮らせる。
この幸せな日常がずっと続きますように。

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