【小説】恋の成仏短歌8「フェードアウトのアイス」
30代前半の頃、結婚もしてそこそこいい歳になってたけど、いつも誘われる飲み会があった。
仕事のプロジェクトで仲良くなった子たちとのこぢんまりした会で、私以外のメンバーは全員未婚。全員歳下。
絶対財布として呼ばれてるよなあ……と自分を自虐しつつ、それでも誘われないよりマシかと声をかけられるがままに行ってたっけ。
なんて言いながら、私は楽しんでたんだけど。
その理由の一つは、彼だった。
メンバーの中でも一番年下の彼は、当時の私より8個も歳下の26歳。
26歳、かあ……なんてクラクラする響き。当時でさえそうだったんだから、今なんてもっとそう思う。
仕事ができて、歳上に気を遣える好青年で、おしゃれで、顔がほどよく整ってて……いかにもモテそうなタイプ。上からも、下からも、同世代からも。
きっと彼女もいれば、それ以外にも何人か遊んでる相手がいるんだろう。それでも嫌味にならないような子だった。
当時の私から見るとまぶしすぎて、会ってテンションが上がるどころか怖いくらいだし……会うたびちょっと疲れてもいた。
*
そんな彼はなぜか私を慕ってくれていて、たまにグループLINEとは別に、個別に連絡をくれるようになった。
妙におしゃれなアイコンからして打ちのめされるし、爆モテキャラの歳下男子からくるLINEへの対応方法なんてわからなくて。
謎に緊張しつつ必死にその様子を隠して、淡々と返事をする日々だった。
そんなLINEのやりとりもいつしか日常になっていって、
飲み会もグループから1対1になっていって、
その会場がお店から、彼の家になっていった。
東横線沿いの、各駅停車しか止まらない駅から歩いて10分程度のアパート。
おしゃれさとリーズナブルさを兼ね備えた絶妙な選択だなあ……なんて、感心しつつ。
いつぶりかも思い出せないくらい久しぶりに、独身男子の家のドアの前に立つ。
初めは緊張したし戸惑ったし、どう振る舞えばいいのか正解がわからなかったけど。緊張する方が変に意識してるみたいだよなと少しずつ、自分に言い聞かせて。
いつしか平然を装って、中に入れるようになった。
さすが、仕事でもきちんとしてるだけあってきれいにしてるなーとか。
女性物があってもおかしくないのに一切その気配を感じないなーとか。
若い頃のドキドキとも違って、一周まわったおばさん的な好奇心が上回ってたかもしれない。
最近の若者の一人暮らしってこんなかんじなんだな、って。
*
そこからそのアパートにはよく行くようになったけど、ご飯を食べて、缶ビールを何本か飲んで、アイスを食べて、帰るだけ。
もちろん、それ以上は何もない。
それでも自分が「人妻である」というだけで、十分罪なことは理解してた。
理解してたけど……なんとも名付けられないこの関係が日常と非日常の合間ってかんじで心地よかったし、あの心地よさはもう二度と体験できないものだとも思う。
食後のアイスは、いつも私がコンビニで買っていくカップのハーゲンダッツ抹茶味。
スーパーで買った方が安いけど……と主婦らしい罪悪感を感じながらも、34歳にできるせいいっぱいの手土産。
他にいくらでもあっただろうと思うけど、とにかく2人ともこれが好きだった。
そんなことが続いたのは数ヶ月。
特に理由はなく、少しずつ、家に誘われる回数は減っていった。
あまりに自然だったから、傷つくという感情もなく。ただ日々が過ぎていって。
個別LINEの回数もなんとなく、減っていった。
どうしたの?なんて聞く理由もないし、立場でもない。
向こうは26歳。優先すべき他のこと、他の人がきっとできたんだろう。
こんなフェードインしてフェードアウトしていく関係も、趣があっていいじゃない。
アラサーっぽくてさ。
私はただ普通に旦那の妻として、これまでと同じように生きるだけ。
なんて幸せで贅沢なのだろう。
何も変わらない。
もし変わったことがあるとすれば、ハーゲンダッツ抹茶味を手に取る回数が少し減ってしまっただけ。
今日は久しぶりに買って帰ろうかな。
抹茶じゃなくバニラにでもしておこうかなんて、悪あがきしながらスーパーに寄った。
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