お寿司を食べながら祖母とした恋バナ
結婚するなら同い年か、1歳か2歳差くらいの人かなあ。
小さい頃から同い年の両親を見てなんとなくそう思ってきたし、実際10代・20代と人並みに恋愛をしてきて、歳の離れた人と付き合ったことは一度もなかった。
そんな私が30歳手前で好きになり、その後結婚したのは14歳年上の会社の先輩。
はじめは歳の差を理由に「幸せにできない」なんて言われて、振られかけたけど。「幸せになれるかどうかは自分で決めることだ!」とどこかのドラマか漫画の受け売りのようなセリフで反論して、付き合うことになったんだっけ。
付き合う前に母に初めて相談したときは驚いてたし、周りにもこれほど歳の差があるカップルはいなくて。驚かれることも多かった。
それでも結婚式にはたくさんの人が来てお祝いしてくれて。そこには母方の祖父母の姿もあった。
祖父は当時、102歳。祖母は85歳。二人とも高齢ということで「全部参加するのは難しそう」と話し、当初は途中で帰る予定だった。それでも白無垢とウェディングドレス姿の自分を見てもらえるだけで十分嬉しいなあ……と思ってたのに。
気づけば神社での式を経て、別会場での披露宴も最後まで参加してくれていて。若い人たちに囲まれながらも思ってたより楽しめた、ってことなのかな?なんて勝手に想像しつつ。穏やかな顔の二人を見れてよかったな、と。
あれから4年経って、2週間前のある日。
私の前には静かに眠る祖父が、白い服を着て横たわっていた。
よく知る祖父の顔よりちょっと白っぽくて、グロスを塗ったように唇がツヤツヤしてたけど。大きくは変わらなくて、なんだか今にも起き出しそうな雰囲気。でももう、息はしていなかった。
祖母と両親と一緒に棺の中に運び込みながら、こんなに近くで祖父を見るのは初めてだなあ……とどこか冷静で、不思議な気持ちで。
「もうすぐ娘が生まれるよ」と大きなお腹を見せつつ報告したら、「110歳まで生きなきゃな」なんて言ってたのはつい2ヶ月前のこと。
まるで娘が生まれるのと入れ違いになるように、こんなに急にいなくなってしまうなんて。
祖母の意向もあって、お通夜に参列したのは祖母と両親と私のたった4人だけ。
お坊さんのお経を聞いたり焼香をしたり、おなじみの式をひと通り終えて。祖父の遺影の前で、4人でお寿司を食べた。
だだっぴろい部屋の隅にたった4人だけ、小さく固まって。なんともシュールな空間だったけど。
気丈に振る舞う祖母の姿を見て安堵しつつ、みんなで祖父の話をした。
祖母は祖父の再婚相手だったから、小さい頃は「おばあちゃん」という認識があまりなくて
。私にとっては「知り合いのおばさん」くらいの感覚だった。
そんな距離感だから、なぜ祖母が祖父と結婚することになったのか?馴れ初めを知るタイミングもなく、ここまで来てしまっていて。
この日お寿司の残りが半分くらいになった頃、なんとなく昔の話になって、初めて私は二人の馴れ初めを聞くことになる。
祖母が飲み屋の女将をしてたことは知ってたけれど、そんな祖母の店に祖父が通い始めて。全てのはじまりはそこからだったらしい。
と言いながらすぐ何か発展があったわけではなく。女将と常連の関係から特に変化しないまま、祖父がお店に顔を出す回数も減っていき、少しずつ疎遠になったそう。
偶然、再会したのは5年後。祖母は「見覚えがある」程度の記憶しかなく、名前も忘れてたとのことで……
そんな状態から何に、どう惹かれていったのか
?なぜ結婚したいと思ったのか?純粋に疑問で、祖母に尋ねてみると。
「これに決まってるじゃない」
親指と人差し指を丸くくっつけて、ジェスチャーをする祖母。
えっ!?お金!?!?
予想外の答えに戸惑っていると、「見た目もしゅっとしてるし」とさらに続く言葉。
ま、まさかの経済力とビジュアルですか!?
このタイミングでこんな事実が発覚するなんて。祖父は一体どんな気持ちで聞いてるんだか……と、祖母の後ろの遺影をチラ見しつつ。なんだか悪いことをしてるみたいで、なぜか私がハラハラドキドキ。
冗談まじりに、あっけらかんと話す祖母だったけれど。棺に入れる前、横たわる祖父に向かって「きれいよ」と何度も声をかける祖母の姿を思い出すと……決してそんな表面的な理由だけで選んだわけではないことが、痛いほど伝わってきた。
「あなたのところは何歳差なの?」
話題はいつのまにか私のターンになって、あらためて祖母にそう聞かれたので「14です」と答えると
「14!?私たちと同じくらいじゃない」
と、祖母。言われてみると確かにそうだ。あまり考えたことなかったけれど、祖父母の歳の差は17歳。
周りになかなかいないと思ってた歳の差カップルなのに、こんな近くに大先輩がいたなんて。
しかも結婚歴がある相手の再婚相手であるところも、同じだ。
まもなく50歳になる夫と36歳になったばかりの私。祖父母くらいの歳になったら、どんな夫婦になってるのだろう。
遺影の前で軽やかに笑いながら「この歳の再婚なんて恋愛なわけないじゃない」なんてコミカルに言いつつも、最後まで懸命に祖父を支えた祖母。
その強さと愛情深さに、いつのまにか憧れを抱く自分がいた。
「知り合いのおばさん」だったはずの人をこんな風に思う日がくるなんて。
14歳上の先輩の再婚相手になって、その人との間に娘が生まれるなんて。
どれもこれも、想像していなかったことばかり。
どうやら人は、想像のつかなかった未来に生きることがあるらしい。
娘が今の私の歳になる頃には、どんな未来に生きてるんだろう。
歳の差の結婚は切ない面もあって……
考えたくもないけど、順当にいけば向こうが先にこの世からいなくなって、自分一人が取り残される可能性が高いわけで。
だからこそ夫とは少しでも長く一緒にいたいし、105歳&88歳カップルの祖父母を見習いたい。どちらが先にこの世からいなくなっても、お互いを軽やかに、コミカルに、愛情を深くもって送り出せるように。
祖父の葬儀で祖母と恋バナができたおかげで、そんなことに気づくことができた。
おじいちゃんへ
おじいちゃんのおかげで、この歳で初めておばあちゃんと恋バナすることができました。
私もおじいちゃんとおばあちゃんみたいにできるだけ長く旦那と過ごして。おじいちゃんに会わせてあげられなかった娘をしっかり育てられるように、これからがんばるね。
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