【小説】恋の成仏短歌7「結論のタクシー」
「もういよいよだめだわ」
一体何回目の「いよいよ」だろう。
そんなに多くない男友達の中でかなり頻繁にやりとりをしてるあいつから、その日私はまた相談を受けていた。
5年付き合ってきた歳下の彼女とうまくいかず、別れようか悩んでるらしい。
他に相談できる人もいないみたいで、もう何度も「相談会」という名のサシ飲みをしてた。
落ち着いて会話できればいいってかんじで、場所選びへのこだわりもなく。行くのはいつも決まった、安い焼き鳥屋さん。席も定位置のカウンター席。
塩派VSタレ派な私たちは相変わらず好みが合わないなーなんて思いながら、その日も向こうの話を聞いてあげてたけど……
これだけずっとウジウジしてるのを見ると、さすがに私も呆れてくる。
それでも何か返すのが私の役目。もう何杯目かの生ビールを飲み干しながら、必死に言葉を探す。
「そんなに悩むってことは、まだ好きってことなんじゃないの。」
なんで私にこんなこと言わせるのだろう。
片思いされてる相手に恋愛相談する鈍感な人って、ドラマとかマンガではよく見るけど。こんな風に実在するんだよなあ。
「いや、もう限界。俺は次会ったら絶対切り出す。決めた。」
私と比べものにならないくらいハイペースにハイボールを空け続けて、大きな声で言い放つやつ。もはやただの酔っ払いに見えてきて、相談に乗ってるのがバカらしくなってくる。
「てかお前はどうなんだよ?彼氏できた?」
「うるさいな、ほっといてよ」
ほんとに放っておいてほしかった。だってこの状況で私に伝えられることなんて何もないんだから。
*
23時。気づけばラストオーダーも終わって、閉店が近づく。
私はビールで、やつはハイボールで完全に出来上がっていて、今日も相談会はただの飲み会として終わりを迎えようとしてた。
何回同じことを繰り返すんだろう。
何も進展してないじゃん、あんたと彼女も、私とあんたも。
店員さんが伝票を持ってきて、帰って欲しそうな雰囲気を感じとりつつまだ居座ろうとするやつ。
空気を読まずにぽつり、一言。
「なんか、俺たち付き合ったらよさそうじゃね?」
タイミングも台詞も最悪で、女心のカケラもわかってない。
「なんかってなに笑 面倒な絡み方しないでください」
予想してなかった言葉に驚きつつ、変な敬語を混ぜながら秒でそう返してた。
酔っててよかった、と思う。酔いもせずにそんなこと言われたら私はもっと下手な返し方しかできてなかったと思うから。
*
酔ってるくせに、いつのまにかアプリでタクシーを呼んでたやつに少しだけ感心しつつ。私たちはお互い都合がいい駅の近くまで乗っていくことにした。
あんなに大きな声で話してた酔っ払い二人なのに、なぜだろう。タクシーの空間になるとなんとなく静かになっちゃって。
席の後ろのモニターから、広告の音だけがかすかに聞こえてくる。
沈黙が続く中であっちが何を考えてるのか気になりつつ、私はというと……さっきお店で言われた言葉について考えてて。
きっとそんな言葉を私にかけたことも忘れちゃうんだろうなーバカみたいだなーなんて、すっかり自虐モードなのに。
隣の男は何も言わずに手を重ねてきて、余裕な顔をしてる。
一体どこまで人のことを振り回せば気が済むんだろう。
さっきの言葉について、真剣に聞き返してみる?
思いきってこっちの気持ちを伝えてみる?
今日は何も聞かずにひたすらに流されてみる?
いろんな選択肢が頭に浮かびながら、答えが出なくて。唯一わかったのは、あと数分で目的地に着いてしまうということ。それだけだった。
もう何年も経ってるのに。
あのときの正解が今でもまだ、出せずにいる。
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