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記事一覧

蛍の光、あるいはこれからの話

「蛍雪の功という言葉がある」

 そう普段から諭していた父親は、ギャンブルで破産した。

 母親は俺と弟の二人を連れて父親から逃げ、後日弁護士を通して正式に離婚をしたと言っていた。その後、彼がどうなったのかは、母親も弟も知らない。ただ、借金のカタに肝臓を売られたとか、北海道の漁船に乗せられたとか、中国で検体になったとか、いくつかう女うわさは聞いた。

 とはいえ、蛍雪の功という言葉を知ることができ

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2xxx年のピンボール

「これより、千葉国を征服し帝都東京の完全なる植民地とする。異論はないな?」

 東京王、山田敏郎が会議でそう宣言した時、首を横に振るものは一人もいなかった。それは決して山田が強権的な専制君主であったとか、そう言った理由からではなく、どちらかというと、会議に参加していた全員が、いつか誰かが言ってくれるのではないかという期待をしていたことが理由だった。

 天皇を頂点とする日本連邦が成立してしばらくの

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知床半島に行こう

「なあ、知床半島を観に行こう」

 浩太がそう言ってきた瞬間、危うくそれはいいね、と言いそうになってしまった自分が悲しい。

「私たち、今どこにいるか知ってる?」

「うん。沖縄県は那覇市」

「知床半島って、どこにあるか知ってる?」

「北海道」

「北だね」

「北だな」

「遠くない?」

「まあ、なんとかなるだろ」

 あまりに暑すぎる放課後の教室。知床半島辺りまで逃げたくなる気も、わから

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耳鳴り

うおおおん、うおおおん。

 低く轟くのは獣の遠吠えか、はたまた機械の駆動音か。

 鈴木は次第に自分の意識が熱気に溶け出して、今にも雲散霧消してしまいそうなことに気が付いた。

 これさえ終われば、しばらくの休息が得られるはずだ。彼はそう考えながら指を高速で動かし、打鍵する。

 うおおおん、うおおおん。

 そもそも俺はどうしてこんなところに閉じ込められているのだ、と鈴木は考える。

 あれは

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夏の日の思い出

「すべてのスリヴァー・クリーチャーは+1/+1の修整を受ける」

 あれはたしか今日の様にひどく熱い夏の日だったと思う。十年以上昔、子供のころに道端で拾った一枚のカードのテキストは、たった二行でありながら、その奥に無限に広がる世界を感じさせるものであった。

 スリヴァーとは何なのか、クリーチャーとは何なのか、+1/+1というのは一体何を意味するのか。少なくとも、両方がプラスなのだし、悪いことでは

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