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凡事をおろそかにして大事は成せない

今日たまたま違う分野の違う事業所さんの「顧客対応」に触れさせていただく機会がありました。
対人援助サービスにありがちな事故の対応についてです。
 
 
ざっくりと経緯を説明すると、サービスを利用している方が利用中に起きた、受診や治療を伴う事故について、家族の問い合わせに対して少々雑な、正確に言うと家族にとって雑と捉えざるを得ないような説明と対応を行なっていたようです。特に発生時の状況検証、事業所としての再発予防策、今後の対応についてなどの説明が不十分だったようで、元々特に不信感を持っていなかった家族が、その対応をきっかけに強い不信感を感じ、結果として生まれるはずのなかったクレームにつながった、というものだったんです。
  
 
多分対人サービスに従事されている方であればもしかしたらお分かりになるかも知れませんが、おそらく一番不信感につながったのは説明の雑さが一番じゃなくて、「態度」と「姿勢」の雑さに対して強い不信感を感じたそうです。
 
 
 
ちょっと極端な例だったかもしれません。
 

もう少し要点をかいつまんでみると、何かの事象に対してサービス提供者側が、サービス利用者に対して馴れ合い的になってしまったのか、優位に立つような感覚になっていたのか、態度にも姿勢にも相手に伝わる誠意あるコミュニケーションを怠ってしまっていて、さらにはごくごく当たり前であろうこういう時の手順も忘れていたのか手を抜いていたのか不十分だったため、自ら不信感を生み出した、ということです。
 
 
 
 
ごくごく一般的に考えると、利用者さんやご家族にきちんと信頼を得られる態度や姿勢で関わること、対応や説明を手順を踏んで行うこと、ひとつ一つのことは、恐らく僕らの基本的な業務や職務に含まれるような凡事です。
 
 
難しいスキルも要求されないし、別段変わったこともしません。
たぶんどこに行っても事業所であればほぼ同じ要領でやれることです。
 
 
でもそれを雑に取り扱って不信感を与えられた利用者さんや家族は、ここからあまりその事業所評判にポジティブなリアクションはしないでしょう。
 
 
 
 
当たり前のことをただ当たり前にやる
ちょっとした事を端折らずにやる
込めるところに心を込める
 
 
凡事徹底、っていう何千回もこすられた言葉なんだけど、人の心とか感情って、大きな事よりも、この「凡事」と呼ばれるような些細な事の積み重ねでしか信頼を得られないんだなぁ、という事を改めて感じさせられました。
 
 
珍しくもなきゃ、それこそ当たり前の話なんですが、他人事じゃなく、これは僕自身の教訓だなぁ、と思いながら過ごしました。
 
 
明日からも、凡事を疎かにせず、向き合っていかなきゃ、と気づかせてもらえた話です。

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