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「問う」ことは支援

意外と支援の現場の中では(もしかしたらマネジメントの現場でも、だけど)、指導だったり伝達だったり、作業時の指示なども含めて、支援者側から一方通行で「伝える」ばかりになってしまうことが少なくないように感じます。
 
 
もちろん伝える、という事自体はコミュニケーションにおいては必要不可欠なもので、支援においても伝えなければ始まらない、というのは当たり前の事だというのは理解した上で、それでもコミュニケーションの矢印が一方通行ばかりになってしまいがちにはなっていないでしょうか。
 
 
特に相手の成長や習熟を促す場面では、教えることばかり、指示することばかりが慣習化してしまいやすいと思います。
相手の話を聞くことも、指示を忠実に対応することも求められるスキルではあるけれど、果たしてこの一方通行のコミュニケーションばかりが当たり前になってしまった先はどうなるでしょうか?
 
 
指示待ちが当たり前になってしまったり、自分の選択や自分の判断をすることをやめてしまったり苦手になったり…。
 
 
場面によっては自分の判断や選択を優先させては不味いこともあるとは思いますが、とは言え人生のほとんどの場面では、判断も選択も自分がしなければならない事ばかりです。
当然判断するにも選択するにもその起こりは「考えてみる」ということで、実は意外と支援をしているとこの経験値を積んでいない、というケースが少なくありません。
 
 
自分の中で湧いた疑問を指示があるまでそのまま放ってしまうこと、疑問が湧いたときに自分の思考は一切行わずに支援者に相談しにくること、疑問以前に違和感が湧いたとしてもそれを言語化するために考えることがしにくい、など。
 
 
もちろん僕が支援をしている対象者の方はそもそも「考える」ことが得意ではなかったり、気付きにくいということがあったり、自分の意思、みたいなものを明確に持つことがしにくい、というやりづらさを持たれている方が多いのでそりゃ当たり前だ、と言われればそうかもしれないんですが、だからこそ「思考する癖」や「思考することの経験値」を十分に持つことって大事な気がします。
 
 
問う、という行為はただの質問ではなく、支援として「考える」きっかけを投げかけるための立派なプロセスだと僕は思います。
支援者が当事者の人生を決めるわけでも歩むわけでもないので、自分で自分の人生を決めて進むための道具としての「考える」ことをきちんと渡していくことはとても重要な支援じゃないかと思うわけです。


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