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【創作童話】ネモフィラの花言葉①
昔々、王都から遠く離れた村に、不思議な力を持った青年が居ました。青年は花に触れることで、花の心を知ることができました。しかしそんな力を持つ人は、少なくとも青年の知る限り自分だけ。
自分の能力が特別だと知らなかった頃。
まだ子どもだった青年は無防備に
「花が水を飲ませて欲しいって」
「ちゃんと外に出して日に当ててと言っているよ」
と花たちの要望を周囲の人に伝えていました。
すると大人には
「花は生き物じゃないから、心なんて無いのよ」
「お話できる気になっているだけよ」
と否定されて子どもたちには
「変なヤツ」
「気味が悪い」
「嘘つきだ」
と嫌われてしまいました。
話せば話すほど孤立していくことに傷ついた青年は、それからは花の心が分かる能力を、人に隠すようになりました。
しかし花から直接どんな風に扱って欲しいか聞くことができる青年は、村で誰よりも上手に花を育てる名人になっていました。
さて青年の住むこの村は、ある問題を抱えていました。辺鄙なところにある村で、お客さんがあまり来ないので、村全体が貧しかったのです。よそから人が来るようになれば、宿屋も料理屋も土産屋も繁盛して生活が楽になります。そのためにも、よその人たちが興味を持ってくれるような観光の目玉が必要でした。そうでなければ村は少しずつ人が離れていって、そのうち廃村になるでしょう。
まだ若い村人たちは、こんなさびれていくばかりの村は捨てて、王都に出ればいいと考えていました。しかし人よりも花や自然が好きな青年は、お金が無ければ十分な土地を持てない王都には行きたくありません。青年は自分のためにも、村のお年寄りのためにも、村に人を呼ぶ方法を考えることにしました。
そこで青年が考えたのは、村に広大な花畑を作ることでした。自分に土地を貸してくれたら、様々な種類の花が咲き乱れる、どこよりも立派で素晴らしい花畑を作ると村の人たちに提案しました。
未だに
「アイツのお友だちは人ではなく花だ」
とからかわれるほど、青年の花好きと植物を扱う手腕は有名です。ですから村の人たちは彼に土地を貸し与え、花畑を作ることを認めました。
普通の花は人間の言うことを聞いて、自分が咲きたい季節や場所を曲げることはありません。しかし青年と花たちは意志疎通ができましたし、他の人間と違って今までずっと自分たちの気持ちを汲んでくれたので
「あなたが望むなら私たち、あなたに協力するわ」
「その代わり私たちを見に来る人間たちに、踏まれたり摘まれたりしないように、ちゃんと注意してね」
という約束で、季節や場所を問わず咲いてくれることになりました。
青年の作った巨大な花畑は様々な花が咲き乱れる、まるで地上の楽園のような場所になりました。
小さな花が点々と咲いているだけでは、なかなか人間は珍しいものとして目を留めません。
しかし薔薇に百合にヒマワリにチューリップ。桜や金木犀や藤などの樹木に咲く花まで、いつでもまとまって見られるとしたら、それは世界でもここにしかない素晴らしい景色です。
青年の花畑はたちまち有名になり、多くの観光客が訪れるようになりました。
青年もこれまでは子どもの頃のイメージが付きまとっていたせいで、村の人たちから遠巻きにされていましたが、この功績によって一気に見直されました。
青年はやっと人の輪に溶け込めた喜びに涙しながら
(これも自分に協力してくれた花たちのお陰だ)
と、いっそう花たちを大事にしようと心に決めました。
しかし青年にとっては大事な恩人でも、他の人間にとって花はモノ。村にとっては観光資源です。
『走り回って花を踏んだり、勝手に摘んで持ち帰ったりしないでください』
という注意書きをよそに、花畑に興奮した人々は順路を無視して花畑の上を駆けたり、「花のベッドだ!」と背中で押し潰したりしました。
また記念や土産として花を持ち帰りたい人も多く、村長の許可によって、観覧料の他に、お金を払えば自由に摘んでよいことになりました。
青年は「花たちを粗末にしないでください」と村長に訴えましたが、
「もともと村の復興のために植えた花だ。売り物にして何が悪い」
「口やかましく注意したら、せっかく増えた観光客が来なくなってしまうだろう」
と聞いてもらえませんでした。
青年は花たちとの約束を話そうかと考えました。例えその約束が無かったとしても、花にも命と心があるのだと訴えたかった。
しかし花にも命と心があることは、青年しか知らないことです。相手には理解できないことを言って、また「変なヤツだ」と嫌悪されることを恐れて、青年は何も言えませんでした。
今日も楽園のように美しい花畑を、たくさんの人間がはしゃいで駆け回ります。花のじゅうたんを背中で押し潰して、無邪気に横になります。女の子たちが素敵なブーケを作るために、ブチブチと花を手折ります。
花たちの苦痛や恐怖を想像すると、青年は罪悪感で気が狂いそうでした。けれど花にも命と心があることを人に説明するのは困難です。青年にできるのは、ただ花たちの悲鳴を聞かないように、花に触れないことだけでした。
しかし悲鳴を聞かなければ、苦痛が無になるわけではありません。美しかった花畑は、嘘のように枯れていきました。どれだけ水や肥料をやっても、花たちが朽ちていくのを止められません。
いつしか植えた覚えの無い真っ黒な花たちだけが不気味に咲くようになりました。触れるのも怖いような姿でしたが、声を聞けるのはその花たちだけです。
村長の命令で、花が枯れる原因を突き止めるべく、青年が恐る恐る黒い百合に触れると、
「やっと触れてくれたわね」
いつも明るく無邪気だった花の声は、暗く恐ろしいものに変わり、クロユリは皆の意見を代表するように
「だけど、もう遅いわ」
「私たち、二度とあなたを信じないわ」
「約束を破って、私たちの苦しみを見て見ぬふりをしたあなたを絶対に許さないわ」
一方的に言い残すと、青年の手の中で見る間に枯れ落ちました。それと同時に他の黒い花たちも、用は済んだとばかりに姿を消しました。
友だちだった花たちから深い憎悪を向けられた青年は、死んでしまいそうなほどのショックを受けました。
しかし青年の事情も花の想いも知らない村長は、ただ
「観光名所だった花畑がダメになった」
「客が離れる前に復活させなければ」
とだけ考えて、青年に花畑の再生を命じました。
青年はまた花に触れて、呪いの言葉を聞くことを恐れました。しかし今や花畑は村の生命線です。やってくれなければ困ると村長や村人たちに迫られれば、家に引きこもっているわけにもいきません。
けれど青年の危惧したとおり、花の恨みは深く、種を蒔いても決して咲かず、すでに咲いている花を土ごと植え替えようものなら、触れた瞬間、全ての花がたちまち枯れ落ちるようになりました。
青年は村人たちから役立たずと呼ばれて、再び孤立するようになりました。ですが、それよりも辛いのは、青年にとって本当の友だちである花たちを失ってしまったこと。しかも誤解ではなく、自分自身の確かな裏切りによって。
人から嫌われ憎まれることも、とても辛いことです。しかし自分自身の弱さやズルさによって苦境に立たされた時、人は自分を認めるための一切の拠りどころを失います。自分すら自分を許せず、愛せない時の孤独が、人にはいちばん辛いのです。
(僕はなんて酷いことをしたんだ)
(友だちを裏切るなんて生きている価値が無い……)
青年が大木の影に座り込んで、深い後悔に沈んでいると
(泣かないで)
とつじょ伝わって来た優しい声に、青年はハッとしました。それは久しぶりに聞く花の声でした。青年はあれから全ての花に拒絶されていたのに、いったい誰が声をかけてくれたのでしょうか?
手元を見ると、青年の指先に小さな青い花が優しく触れていました。
「君が僕に声をかけてくれたの?」
「どうして僕なんかに優しくしてくれるの?」
青年の矢継ぎ早の質問に、その花はどこか誇らしげに、
「だって私は昔、あなたに助けられたんですもの」
花の名前はネモフィラと言いました。
悲しい気分を『ブルー』と表現しますが、青い色を持つこの花は、他の花と違って悲しい色の自分を恥ずかしく思っていました。
(私も赤やピンクや黄色の鮮やかで明るい色と立派な形を持っていたら、他の子たちのように人を喜ばせられたのに)
しかし、ある日。子どもだった青年が村の子どもたちに変だといじめられて泣いているのを見つけました。
(まぁ、小さな子が泣いているわ、可哀想に)
ネモフィラは、あの子を励ましてあげたいと思いました。しかし明るくて華やかな他の花たちならともかく、悲しみを連想させる青い花を目にしたら、余計に気持ちが沈んでしまうかもしれません。それでも子どもが心配で離れられず、自分も一緒に泣きそうな気持ちでそこに留まっていました。
すると、ネモフィラに気付いた子どもが
「一緒に泣いてくれてありがとう」
目に涙を溜めたまま、ネモフィラを優しく撫でて、
「花はみんな美しいけど、悲しい時は君の小さくて健気な青い姿に、いちばん心を慰められる」
「君はきっと悲しい人に寄り添う、優しい花なんだね」
と笑顔を見せてくれたのでした。
悲しい人に寄り添う優しい花。
喜びにはなれなくても慰めになれる。
それは自分にはなんの意味も無いと思っていたネモフィラにとって、とても大きな救いでした。そして自分に素晴らしい意味を与えてくれた青年のことも、ずっと大事に覚えていたので
「だから私は、あなたを許すわ。たった一度の過ちよりも、いつも私たちに優しくしてくれた、本当のあなたを信じるわ」
ネモフィラの心からの思いやりに、青年は先ほどとは違う涙を流しました。ネモフィラは青年が泣きやむまで、優しく微笑みながらソッと寄り添っていました。
🍀一万字を超えてしまったので三分割で投稿します。ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました🍀