たたら製鉄の復活と地域活性への想いー「玉鋼包丁」のストーリー
「玉鋼」から生まれた、唯一無二の包丁
刀と「たたら」の文化
「刀は武士の魂」という言葉もあるとおり、日本刀は武器としてだけでなく、日本人の精神と結びついてきました。
また、美術品としても価値のあるもので、国宝に指定されている工芸品の中では、刀剣類が半数以上も占めていると言います。
美しさと機能性を兼ねそなえる、至高の美術品。
その、刀を作る「玉鋼」は、純度の高い鋼のことで、「たたら製鉄」という日本古来の製鉄方法でのみ作り出されます。
島根県奥出雲地方は、古来よりたたら製鉄が営まれ、鉄の一大産地でした。最も盛んな時期には、国内の鉄の製造の約80%を担っていたといいます。
しかし、明治期以降、近代工業化が進む中、海外から入った洋鉄技術の影響で、鉄の大量生産が可能となり、1923年(大正12年)にたたら製鉄は廃業となり、たたらの火は途絶えました。
日本の貴重な文化財である刀剣を作り出す玉鋼が枯渇するようになり、そこで「日本美術刀剣協会」(以下、日刀保と略)が1977年に再び、たたらの火を灯し、「日刀保たたら」としてスタートしました。
今では、この日刀保でつくられる「玉鋼」を使って、日本刀が作り続けられています。
地域活性の思いと、たたらの復活
そして、現在、日刀保の他にもう一ヶ所、島根県の東部地方、雲南市でたたら製鉄を復活させた、地元の「鉄山師」の家系、田部家があります。
田部家は、「たたら製鉄」を家業とし、室町時代の1460年に創業して以来、大正末期1923年まで500年近くの間、鉄を生産し続けていました。
たたら製鉄には必要なのは、「砂鉄」と「木炭」。良質な砂鉄だけでなく、砂鉄を燃やす火を起こすための、木材が必要となります。
田部家は室町時代、1460年よりたたら製鉄を始め、中国山地に広大な森林を所有し、現在でも国内有数の山林地主に数えられます。最盛期には2万5000ヘクタール(現在の大阪市と同じ広さ)所有し、田部家の拠点となる吉田町は「企業城下町」と呼ばれるほどに発展していたといいます。
かつて、たたら製鉄で栄えていた頃は人口が1万人を超えていたという吉田町は、今では、1500人強となり、その半数が高齢者。たたら製鉄が途絶えると、島根県の山間部にある吉田町は、過疎化が深刻な地域課題となりました。
そして、現在、田部家の第25代目当主である田部長右衛門さんが、「この森を活用し、地域に仕事をつくりたい」という思いを抱え、2015年にWISE・WISEへ相談に来られました。
その後、幾度もディスカッションを重ねた結果、「たたら製鉄」を核とする奥出雲地域全体に及ぶ地域創生プロジェクト「たたらの里づくりプロジェクト」を立ち上げることとなりました。
そして、2018年、復活した「たたら」で作られた、玉鋼を使ってできたのがWISE・WISE toolsで取り扱いする『玉鋼包丁』です。
刀剣の切れ味を持つ玉鋼の包丁。
この土地に眠る潜在的な価値を掘り起こし、「たたら製鉄」の復活で生まれた、唯一無二の包丁です。
今回、私たちは、田部家によるたたら製鉄の操業を見学するため、鉄の風土を感じる旅へ。島根県雲南市吉田町を訪れました。
鉄を取り、田畑を広げた風土
島根県を流れる斐伊川。
出雲空港を雲南市に向けて出発すると、この大きな流れの斐伊川を何度も目にします。
斐伊川は鳥取と島根県の境にある船通山を源流にし、宍道湖に合流する一級河川。
中国山地でたたら製鉄が始まったおよそ1400年前より、この斐伊川流域で、「鉄穴流し」(かんなながし)と呼ばれる鉄の採取が行われていました。
鉄穴流しとは、山を切り崩して、土砂を川に流しながら砂鉄を取る方法です。
山を切り崩した跡地を、その後、棚田に利用し、流れた土砂を利用して新田開発をするなどして、かつての人たちはその土地を循環させて暮らしてきました。
また、たたら製鉄に必要なのが、砂鉄を燃やし続けるための火。
木炭を供給してきた森林は、たたら製鉄が永続的に操業できるよう約30年周期で輪伐され、資源を絶やすことがないよう保全されるなど、たたら製鉄とともに生きた先人たちは、自然と共生し、持続可能な産業を生み出してきました。
砂鉄を産む大地と豊かな森林資源、そしてそれを扱う人の技術があって、何百年にもわたり、たたら製鉄が営まれてきたのです。
たたら製鉄の操業
到着すると、まず私たちが目にしたのは鉄を作る大きな炉と、その前で行われる厳かな神事でした。
たたら製鉄の成功を、製鉄の神である「金屋子の神」に祈ります。
金屋子の神は女性の神と言われ、神様が嫉妬するため、かつて、たたら場は女人禁制でした。
風を送り、火を起こし、その中に砂鉄を流し込み、鋼を生み出す作業。
熱気と緊張感の漂う中、たたら製鉄の操業が始まりました。
たたら製鉄の技術は、「村下」(むらげ)と呼ばれる技術責任者によって一子相伝で伝えられてきました。
「一風、二土、三村下」という言い伝えがあり、鋼の良し悪しはこの三つで決まると言われています。火を起こすための風の加減、そして炉をつくる粘土の具合、操業の指揮をとる村下の技術。
一子相伝で伝えられてきたからこそ、謎に包まれているたたら製鉄の技術。出来上がってみないと、その良し悪しが分からない。
夜を徹して炉に木炭と砂鉄を投入し続け、鉄を作り出します。
休むことなく、火と闘いながら鉄を産む作業は、まるで生き物が生まれるような力強さと、生々しさがある。途中、ノロという鉄のクズを吐き出しながら、鉄の塊を作り出します。
現存する唯一のたたら場、菅谷たたら山内高殿
火が起こされる様子を見学した後、かつて実際に田部家のたたら製鉄で使用されていた、「菅谷山内」(すがやさんない)を見学に行きました。
山の頂きにあるどっしりと立派な木造建築、菅谷山内のたたら高殿。
1751年にこの地に建てられ、その後松江藩の鉄師を担った田部家の生産拠点として1921年まで使われていました。
「山内」とは、たたら製鉄に従事する人たちが住んだ場所のこと。高殿を中心に、たたらに携わる人の生活する長屋が立ち並んでいたと言います。
高殿のすぐそばには、菅谷川が流れ、砂鉄を洗い流していました。
川のせせらぎを感じ、風の通り抜ける場所。
ここを通る風がたたらの屋根に吹き上がり、その風使って、炉の炎は燃え上がり、炉内の温度が上昇する。
この土地の風や水を使い、村下たちは鉄を作り続けてきました。
火を吹き、生み出される玉鋼
たたら操業は、夜を徹して火を燃やし続け、玉鋼を含む鋼の塊を生み出す作業を続けていきます。
そして、翌日の早朝。砂鉄を溶かして生まれた「鉧(ケラ)」を取り出す作業が行われました。
火を吹きながら、玉鋼を含む鉄の塊が誕生します。
この中に、日本刀の材料となる玉鋼が含まれています。
無事に鉧出しを終えると、すぐに神棚の金屋子の神へ感謝の言葉を伝えます。
自然の資源と、人間の手を使って、まるで、生き物のように生み出される鉄の塊。たたら製鉄は、鉄を作ることだけでなく、人と自然が一体となって行う事業であること。人々は自然への畏怖と感謝を持って、鉄を作り続けてきたのだということを感じます。
このように日本古来のたたら製鉄によって生み出された鉄は、農機となり、鉄の文化の発達が人々の生活を支えてきました。
そして、この鉧の中に含まれる純度の高い鋼の部分「玉鋼」を使って日本刀が作り続けられてきたのです。
たたらの復活を地域発展の象徴にしたい
田部家25代目当主である田部長右衛門さんは、たたら製鉄復活への思いをこのように語ります。
「田部家でたたら製鉄を復活させようと思ったきっかけは、私が地元の中学校に講演に呼ばれたことでした。行ってみると、全校生徒が38人ということに衝撃を受けました。この子達が大人になった時に、たとえ外に出たとしてもいつか地元に戻ってきてくれるように、仕事を作らなければならないと思いました。吉田の街をにぎやかにして、仕事があり、ご飯が食べられるという場所をつくりたい。それを現代風にやっていきたいと思っています。
室町時代からこの地に続いたたたら製鉄は、日本人の生活を支え、この土地に生きる人の暮らしを支えてきました。
鉄の生産だけでなく、木を伐る人、炭を作る人、川から砂鉄を運ぶ人、出来上がった鉄を運ぶ馬や豚を育てる人、米や野菜を作る人がいて、裾野の広い産業を生み出してきました。
たたらは、先人たちの知恵と技術によって培われたモノづくりの原点であり、世界に誇れる文化です。山から砂鉄をとり鉄の塊をつくる発想、より大きくつくる工夫、そこには絶え間ない挑戦があったはずです。この地で生きてきた人たちの思いを受け継ぎ、挑戦を続け、子供たちにもこの土地の魅力を感じてもらいたい。
私たちが目指しているのは、100%食料自給率のコミュニティです。エネルギーも食料も含めて、全部自活できる街を育てる。鉄だけでなく、食べ物、宿泊施設、遊ぶところ、伝統工芸、全部を包括した場所づくりを行いたいと思っています。
そして、最終的な目的は山の再生です。
私たちの地域には、豊かな森林、水源、そしてそこから生まれる様々な作物があります。
都市部から離れた山間で、循環型の暮らしと生態系が戻れば、豊かな栄養分が川から里へ運ばれ、やがて海にも恵みをもたらす、自然のサイクルを取り戻すことができます。
子供たちにも、自分たちの故郷を誇りに思ってもらえるよう、この地に未来に誇れるあたらしい里をつくってまいりたいと思います。」
文・撮影:さとう未知子
写真一部:田部家提供
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玉鋼包丁は、WISE・WISE tools 東京ミッドタウン店、オンラインストアで販売しています。
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