音楽80s自分史 003 「YMO & 高橋幸宏」
僕の中学時代(1977〜1980)の、音楽面での大異変はイエローマジックオーケストラ(YMO)に尽きるのではないでしょうか?
少なくとも、僕の中ではそうでした。
他にもサザンオールスターズや世良公則とツイストの登場も衝撃的でしたが、それは歌謡曲・ニューミュージック・ロックの範囲内の存在と感じてましたが、YMOはそれらに括れず、テクノポップというあたらしいジャンルを用意しないといけなかったほどの稀有な存在だったことがわかります。
1980年6月。
YMOの2枚目のシングル「ライディーン」がリリースされ、存在感がかなり大きくなったと感じました。
そして、そのフレーズを作ったのが高橋幸宏さんだということを知りました。
『ライディーン』が収録されたアルバム「ソリッド・ステート・サバイバー」(リリースは前年1979年9月)を手に入れ、よく聴いてましたが、その中の『デイトリッパー』に特に興味を惹かれ、それでボーカルを取っていたのも高橋幸宏さんだったこともあり、彼自身に惹かることになり、1980年6月にリリースされた2作目のソロアルバム「音楽殺人」をゲット。
擦り切れるほど聴きました♬
「音楽殺人」に収録された『STOP IN THE NAME OF LOVE』を知ったことで、そのオリジナルを歌ったスプリームスや、スプリームスらが所属していたレコードレーベル「モータウン」、モータウンサウンド、モータウンビートに興味が広がることにつながりました。
このおかげで、2年後に世界的に大ヒットしたフィル・コリンズ『恋はあせらず(You Can’t Hurry Love)』にも「どハマり」できたのでした♬
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