【詩】進軍ラッパ
本の中から進軍ラッパの音がした
物語は夢でできているから
たとえ壊れても安心だ
嘘にはホントが隠れていて
物語は奇跡でできているから
嘘も本当はホントで
ホントは嘘でも嘘なのさ
だからみんな映画を愛する
美男美嬢と演技派男女が
白い画面で恋と殺人
ヌードに暴力恐怖と涙
トリックユーモア喜劇に悲劇
どんでん返しのあっけらかん
爽快痛快痛烈悲壮
それでもいつでも世界は平穏
カフェのテーブルの上で舞う風
メフィストセレスは笑って言った
肉一ポンドと交換に君の時間を売ってくれ
あちこちで話し声が空気になって
浮かんでいるのは気のせいか
僕はすぐさま承諾した
選りすぐりのステーキはレアで
匂いが僕の舌をこじ開け
五臓六腑に全ての希望を
詰め込んだように肉の繊維が
僕の胃駅を通過した
本の中から進軍ラッパの音がした
恐怖は夢でできているから
たとえ覚めても不安は残る
理性には感情が隠れていて
軽蔑は皮肉でできているから
人間はあくまで悪魔で
悪魔はあくまでも人間なのさ
笑う骸骨が叩くテーブル
音が僕の眉間に響く
約束通りに僕は頷き
悪魔に時間を手渡した
美しき蒼い僕の
自分の右手だけ皺が増えたのは
彼が約束を守ったからだ
これくらいなら我慢できると
思った罠の縄はきつくて
なかなか抜けられないことに
気づいた時には遅すぎて
いじめから逃れるのは難しいと
命を終わらせるしか無いのと同じで
人生に怠惰な僕は
毎日毎週毎月毎年
彼と生の交歓を交換して
完全に骸骨になる寸前
彼に命乞いをした
もう一度奇跡をくれと彼に乞うた
あと一度だけでいいから
ホントに嘘でもいいから
最後の感情的な理性を駆使して
僕は彼に乞いねだった
悪魔は笑った
自由はたくさん有ったはずだ
俺の提案を無視し拒否して
理性で感情を統率し
本を閉じて現実を見据え
強く逞しく戦い抜けば
失敗を恐れず砕け散っても
海の底まで墜落しても
それでも君なら君らしく
人を愛して子供を愛して
世界に恋して世界が恋する
君にいつかはなれたはずだ
そんなに奇跡の終着駅に
辿り着きたいというならば
君が密かに思っていた
彼女を私に差し出せば
願いを叶えぬこともない
決めるのは君さ さあどうすると
悪魔はあくまで人間の
優しさを取り繕って微笑んだ
僕は悪魔に魂を売るのか
ここは広場のカフェのテーブル
時間が渦巻き漂流している
漂流するのは僕の視線
距離を失った理想
群がる蠅に集る死体
愛の土地が終局して
愚者たちの行進
死と腐臭を集めて流す時間
最後の肉片がついた僕の指が
彼の示した契約書を掴んだ
未来を信じないように
気づけば僕は本を開いていた
本の中から進軍ラッパの音がした
死は夢でできているから
壊れても安心だ
音の魔力に苛まれそうで
思わず閉じた僕の瞳の上
芳しい彼女のPerfumeが
僕の全てを揺り動かす
衝撃反響絶滅絶倫絶対無限永遠迷宮
彼女は赤いマニキュアを僕に握らせ
ゆるしの秘跡を描けと迫った
わたしに命を捧げるなら
あなたを助けてあげるわと
まだ残っている僕の意識に
粘い吐息を吐きかけた
その時僕は もう戻れない 告解の淵に
吸い込まれ
悪魔は彼女が自分の反世界だと気付く前に
彼女の肉体に触れるやすぐに 魔力を失い消え去った
彼女が僕の骨腕を掴むと
僕は元の姿になった
最後の指が描いた彼女の思いが
僕を救ったのだ
テーブルから本は消えていた
もう進軍ラッパは鳴らなかった
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