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異端の真理

深夜、師匠ゼルファの研究室は静まり返っていた。魔法の光がぼんやりと棚を照らし、弟子リノは書物を閉じて師匠を見た。

「師匠、最近は魔法の実践よりも書物ばかり読んでいますね。それが本当に役に立つのですか」

ゼルファは微笑みながら、一冊の古びた巻物を広げた。

「リノ、これはただの書物ではない。我々のご先祖様が残した記録だ」

「ご先祖様……?それは何の記録ですか」

リノは興味深そうに身を乗り出した。

「ご先祖様は、遠い空を果てしない時間をかけて飛び続け、この大地に降り立ったのだよ」

ゼルファは静かに語り始めた。

「その力は、我々の魔法文明をはるかにしのぐものだった」

リノは困惑した表情を浮かべる。

「空を飛ぶくらい、駆け出しの魔法使いでもできますが……」

ゼルファは笑いながら首を振った。

「はっはっは!空と言っても、もっと高い空だ。この地の空ではなく、もっとずっと高い……“宇宙”のことだ」

「宇宙?」

リノは驚いた顔をした。

「そうだ、ご先祖様は宇宙の彼方にある別の星からこの大地へとたどり着いたのだ」

リノは言葉を失ったまま、静かに師匠の言葉に耳を傾けた。

「そんな話、聞いたこともありません……。魔法で星を越えるなんて、本当に可能なんですか」

ゼルファは優しい目でリノを見つめた。

「いいや、魔法ではない。我々のご先祖様は、魔法とは異なる力を使ってそれを成し遂げたのだ」

「異なる力……?」

リノは眉をひそめた。魔法以外の力の研究は、魔法経典に反するとして禁忌とされている。魔法使いたちはそのような力を「異端」と断じ、それを試みる者には厳しい処罰が課される。

「これを見てみろ」

ゼルファは机の引き出しを開け、一冊の古びた図説を取り出して机に置いた。

リノは恐る恐るページをめくり、そこに描かれた奇妙な装置に目を見張った。装置には回転軸のようなものと、それを囲む環状の部品が描かれていた。さらに、軸の周囲に巻き付けられた何重もの線が力を生み出す仕組みを示しているようだった。横には矢印で『回転』『発電』といった言葉が記されている。

「師匠、これは……何なのですか」

ゼルファは指で図を示しながら説明した。

「この軸を回すことで、コイルが磁場を切り取り、電流を発生させる。これが電気を生む仕組みだ。魔法を使わず、ただ人間の手と道具だけで電気を生み出す――“科学”という力だ」

「魔力なしで……電気を……?」

リノは言葉を詰まらせた。魔法経典で禁じられた力に惹かれる自分自身に気づき、心がざわめくのを感じた。魔法使いである自分が、魔法以外の力に興味を持つなど許されることなのだろうか――いや、考えること自体が間違いだ。
だが、目の前にある装置は、あまりにも興味をそそるものだった。

「師匠、これを研究するのは……魔法経典に反するのでは?」

リノは恐る恐る尋ねた。

「だからこそ禁忌とされたのだ。この力は、魔法使いの特権を崩壊させる可能性がある。それを恐れ、魔法使いたちはこの力を封じたのだ」

リノは再び図説に目を落とした。魔法経典を破れば何が待ち受けているかは明らかだった。それでも、彼の心の中には別の感情が芽生え始めていた。それは未知を解き明かしたいという純粋な探究心だった。

「私は……」

リノは言葉に詰まり、拳を握りしめた。恐れが全身を支配していた。しかし、その奥に湧き上がる小さな火――未知の力に触れたいという願望が、恐れを押しのけ始めた。

「師匠、これが本当だというのなら……私もこの真理を知りたい。この仕組みを理解し、その全てを解き明かしたい」

ゼルファは微笑み、リノの肩に手を置いた。

「いいだろう、リノ。恐れる必要はない。これは始まりに過ぎない。この力の真理を共に追い求めよう」

夜明けの光が研究室に差し込む中、リノの中に新たな決意が芽生えていた。それは未知の力を追い求めるための一歩であり、禁忌という壁を乗り越える覚悟でもあった。


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