母親の下着
母を見送ってからずっと後に、あるベテランの介護職の方から伺った話です
「息子さんがひとりで母親の介護をしているご家庭に伺うと、ほぼ決まってお母様の下着がボロボロなんです」
「新しい下着を補充して下さいね、と伝えても”俺、母親の下着なんて買ったことがないから無理”と言われることがほとんどです」
自宅で母の介護をしていた最初の頃、一番大変だったのは洗濯。
家族が同居している場合、洗濯や買い物などの「生活支援」は完全自費になります。最初のうちは頑張って洗濯していました。
毎日、清拭などで大量に使われるタオルや交換された下着。
洗濯自体は簡単ですが、水を含んだタオルはとても重くて、冬は冷たさが加わり、仕事でくたくたになって帰宅した後では重労働でした。
毎日の洗濯でタオルや下着はすぐに繊維が傷んでボロボロになります。幸い温泉などで「がめて」きたタオルがいっぱいあったのですが、下着はやはり買いに行かなくてはなりません。
母が障がいを持っていたこともあり、私は子供の頃からスーパーに行き下着を買うことがありました。母は体重が70キロ近い「でぶちん」だったのですが、女性の下着はキャミソールでも3分袖、5分袖、7分袖と袖の長さも素材も色もバリエーションが多いのですよね。帰ってきて「買ってきたよ」恩着せがましく言うと「頼んだのと違うわよ!返してきて!」と怒られたっけ。
でも、あのときの経験があったから、母ちゃんの下着を買うことには抵抗はなかった。それは今から思えば良い経験だったかな。
それにこの年になってスーパーで女物の下着を買っていると、店員さん(下着売りにいる店員さんは当然女性ばかりだ)も察してくれて、「お母様の介護をされているのですか?」と声をかけてくれる。黙ってうなずくと、「頑張ってくださいね。なにか分からないことがあったらなんでも聞いて下さいね!」と明るい声で言ってくれた。
その時の僕はずいぶん、暗い顔をしていたに違いない。店員さんの明るい声にどれだけ励まされたか。
「僕はひとりじゃない。味方がいるんだ」。そう思いながら母ちゃんが待つ家に急いだ。