ふゆか

鎌倉でちいさな はりきゅうのサロンを営んでいます。 このお仕事は4年前に母を見送ってから、はじめました。 お年寄りの手当をしながら、時々 人に教えたりしながら 心に映ったことを書き連ねています。イメージ画像は画家であり、ジュエリーデザイナー、歌手でもあるYokoさんの絵です

ふゆか

鎌倉でちいさな はりきゅうのサロンを営んでいます。 このお仕事は4年前に母を見送ってから、はじめました。 お年寄りの手当をしながら、時々 人に教えたりしながら 心に映ったことを書き連ねています。イメージ画像は画家であり、ジュエリーデザイナー、歌手でもあるYokoさんの絵です

最近の記事

心に沁みる医師の随筆

あなたの本棚の中に お医者さんが書いた小説や詩集はありますか。 医学に関する教科書でも 論文集でもなく 日々の思いを綴ったエッセイや 病む人の苦しみや生の歓びを描いた 「文学」と呼びたい本を 片目を失明し、 失明の恐怖におびえていた母が 生前繰り返し読んでいた本は 伊豆の修善寺で「桃太郎先生」の愛称で 親しまれてきた藤野是常先生の 『医者という小さな窓から』という本でした。 本を読むのもやっとだった母が 藤野先生に長文の手紙を書いていたことを 知ったのは母を見送って しば

    • 映画「Tove」ームーミンを描いたトーベヤンソンの愛

      ISO会議でフィンランドのクオピオという 湖水が美しい街に出張した時のこと。 自分が提案した情報規格のプレゼンを終えて、 ヴァンター空港で 「なにかムーミングッズを買って帰ろう」と お土産売り場を物色しました。 物価が高い北欧のこと、調子に乗って 買いものすると目の飛び出るような請求書が 来るので、小物を中心に。 物色するなかで スナフキンとムーミンが対話している マグネットパネルに目がとまりました。 買うのはこれだけに。 スナフキンはムーミンにこう語ります。 Oh,

      • 梅雨のあとさき

        かあちゃん。今日、スーパーに行ったら大きな、30センチ近くある鰹の切り身がとっても安く売っていたんだよ。 「今年の鰹は脂がのっていて美味しいよ。大漁だったからこの値段!    今夜はこれで美味しいご飯を食べて」と店員さんが声をあげていた。 大漁と聞いて久しぶりに金子みすゞさんの詩を思い出した。 「浜は祭りのようだけど 海の中では何万の鰮のとむらいをするだろう」 買ってきた鰹を切れない包丁で切りながら、みすゞさんはどんな思いでこの詩を書いたのだろうと想像してみた。きっと

        • 母親の下着

          母を見送ってからずっと後に、あるベテランの介護職の方から伺った話です 「息子さんがひとりで母親の介護をしているご家庭に伺うと、ほぼ決まってお母様の下着がボロボロなんです」 「新しい下着を補充して下さいね、と伝えても”俺、母親の下着なんて買ったことがないから無理”と言われることがほとんどです」 自宅で母の介護をしていた最初の頃、一番大変だったのは洗濯。 家族が同居している場合、洗濯や買い物などの「生活支援」は完全自費になります。最初のうちは頑張って洗濯していました。

          建長寺さんで聴いた「いつもなんどでも」ーナターシャ・グジー

          まだ母と鎌倉に越す少し前のこと 建長寺さんでナターシャ・グジーさんのミニライブに行きました ナターシャさんはウクライナ人のバンドゥーラ奏者、そして歌い手 とても寒い冬の日でした 彼女が歌う「いつも何度でも」が聴きたくて 「千と千尋の神隠し」で木村弓さんが歌うこの名曲が 実は人をとむらう歌だと知ったのはそのコンサートの時でした 「さよならの時の静かな胸 ゼロになるからだが 耳をすませる」 父を見送ったときも、 それまでせわしく動いていた胸が 急に静かになった

          建長寺さんで聴いた「いつもなんどでも」ーナターシャ・グジー

          緑の鎌倉からー母への想い

          今日の鎌倉は 風が強いけれど晴れ。 風にゆれる緑がとてもまぶしく感じられます 母を見送って4年が経ちますが、こんなに緑が身近に あるなんて当時はわかりませんでした。 無我夢中だったものね、朝から晩まで 光の爆弾で家族をみんな失ったお母さん 誰にも言えずにお墓に持って行ったことも いっぱいあったでしょうね 理解してあげられなくてごめんね あれから4年が経って天国ではおじいちゃんやおばあちゃんと 楽しく過ごしているかな

          緑の鎌倉からー母への想い