喉越し魅惑のマーメイド
はじめに
私はT.M.Revolutionのファンなので、他人にそれを言うとたいてい「あー。TMっていったらこれだよね」と手を頭の上でクロスされるのだけど、個人的には「HOT LIMIT」より「HIGH PRESSURE」の方が好きです。
※公式YouTubeチャンネルなので、違法アップロードではありません
夏が来なかった札幌
いまさら隠し立てすることもないのだけど、私は北海道札幌市を根城としている。
夏の札幌の一大イベントは、と問われたとき「YOSAKOIソーラン祭り」とかその他諸々、さまざまなイベントの名前を答える人が多いのだろうが、私はコンマ数秒の隙も与えず「大通ビアガーデン」と答える。
札幌の中心部に、魚肉ソーセージのフィルムを剥がすシールみたいに、ちょんと横たわる緑の空間が大通公園で、そこで毎年夏の盛りになると開かれるイベントだ。
オープンエアで、街のど真ん中、そして昼間から生ビールetcを堪能できるなんて、酒飲みとしてはそれだけでもうバカになっちゃいそうな感じがしないだろうか。
なお、大通公園は1丁目から、はじっこにある市資料館まで含めたら13丁目まであるかなり大きい公園だ。開催時はその丁目ごとに、キリンさんをはじめとしたさまざまなビール会社や、外国のビールが飲める(ビアガーデンは1丁目からでなく途中の丁目から始まって途中で終わるのだけど)。
当然2020年になった当初から、私は今年の夏、このイベントだけを心待ちにしていた。もともと夏が大嫌いなので、せいぜい外で昼間からビールを飲めることくらいしか楽しみがないのだ。
なので、オリンピックの影響で開催期間短縮になると聞いた時は(札幌市民はオリンピック来いなんて言ってねえよ。そんなに走りたいなら豊平川の河川敷でも永遠に往復してろ)と心で毒づいていた。……あ、札幌開催賛成派の人が安全靴を履いて近づいてくる音がしたのでこのへんにしておきます。
結果的に新型のアレのせいで、今年は開催こそされたものの、かなり規模を縮小しての開催となったそうだ。私は結局行けなかった。
やたらめったら暑いだけで、私にとって、夏が訪れなかった2020年。
来年はどうなることだろう。
また、マスクなんて邪魔くさいものをしなくても、気兼ねなく語り合いを楽しめる世界が戻ってくるといいなあ。
カラダガ夏ニナル
世の中がこうなってしまう前のはなし。
私は例年同様、ピーカン照りの空の下、ビアガーデンでジョッキを傾けていた。向かいには大学の後輩が座っていて、枝豆をぽこぽこと食べている。ハムスターがヒマワリの種を食べている姿に、なんとなく見えなくもない。
社会人になったとたんに疎遠になるのは上も下も横も同じだったけど、この後輩はなんだか私に懐いてくれて、今も頻繁に飲みに行ったりする仲だ。口調が多少生意気なのを除けば、かわいい後輩である。
当然、私が夏になるとビアガーデンに行きたがるのも知っているから、今日は後輩の方から「休みなんすか?」と連絡が来て、現在、こうして3リットルのサーバーを二人でシェアしているというわけである。
ふと「あのさ」と後輩に話しかけた。
「なんですか」
「なんでビアガで飲むビールってこんなにうまいんだと思う?」
後輩は枝豆のカラを皿に放り込むと、しばしの間考えこんだ。さっき同じタイミングでサーバーからおかわりを注いだのに、目の前のジョッキは、大酒飲みの私のものと違って、まだ半分くらいが黄金色に輝いている。表面には一筋、また一筋と、汗が零れ落ちていた。
やがて後輩は再びジョッキを手にして、景気づけにとばかりにビールを喉に流し込む。どん、とそれをテーブルに着地させるなり、口を開いた。
「外だからじゃないっすか」
「なんだ、やたらもったいぶった割には味気ない回答だった。最近のバラエティ番組とおんなじだぞ、きみのやっていることは」
「でも、さっきから、ただ公園を通ってく人たちの羨望の眼差しを感じませんか。そういうことなんじゃないすかね」
ビアガーデンの開催中も、公園の中をただ通り抜けることはできる。何よりここは札幌都心のド真ん中だ。散歩する市民はもちろん、絶賛仕事中のビジネスマンが、手の甲で汗を拭いながら通り抜けてゆく姿も見える。今日は平日で、私たちが夏空の下、宴を開始したのは昼の3時を回る直前くらいだった。
やあやあこれはこれは諸君。君たちがあくせく働いている中、いま私の中で働いているのは心臓と肝臓くらいなもんだよ。頭が働いているとは言えないもん。わははは。
確かに、こういった謎の優越感というか、非日常性というか。
それが普段のお店での飲み会などと比べてはっきりと伝わってくるのが、ビアガーデンのような気がする。
外気や他人と隔てるモノがない場所で、ジョッキをぶつけ合って、ビールを身体に流し込む。ピンと張りつめていた糸が少しずつ垂れ下がってゆく。脳の抑制が少しずつゆるんで、コミュニケーションを円滑にする。
それがまだ、太陽が高いところにある時間から始められるなんて、なんとも甘美なことだろう。
そう思えば、さっきの後輩の回答も、悪くはない。
まあ花マルはあげられないにしても、まわりに花をつける前のグルグルくらいはつけてあげようと思う。
「まあ、そうかもねえ」と、私は努めて涼しい顔をして、黄金色の水で喉を鳴らした。
後輩は酒でわずかに頬を赤くしながら、さっき空にしたサーバーを眺めて言った。
「この後、どうします」
「どうするもこうするもないしょ。いま8丁目だから、次は7丁目行くよ。どこのだっけ」
「7丁目ってことは……」
後輩はスタバでコーヒーでも飲んでるみたいにジョッキを傾けつつ、手早くスマートフォンで検索をかけた。
数年前までは、私が先輩の前でこの役を担っていたのだなあ……と思うと感慨深いものがある。まあ、別にこういうの嫌いじゃないから今だって相手が誰でもやるんだけど、こういう気配りってやっぱり大事なんだな……と、される側になってなんとなくわかった気がした。
ふむ、と後輩はスマートフォンをテーブルに置いた。同時に私はいつの間にか後輩のジョッキが空っぽになっていることに気づく。ビールの泡が、きれいな輪を幾重にも重なって描いていた。
「キリンっすね」
「キリン。……スーパー」
「それ6丁目っす」
「ぷははは。……じゃ、行こう」
立ち上がると、いい感じにふわふわした感覚が身体を揺らしてきた。
ビアガを制する者だけが、何か制することができる気がする。
目の前のこいつとか。
さいごに
まあいろいろ書いたけれど、私は結局どこでだって、気心の知れた人と酒を飲めればしあわせになるんだろう。画面の向こうと……とかじゃなく、直接顔を合わせながら楽しくお酒を飲める世界を、もう一度つかみたいものだ。
まずは相手かな。ちきしょー(部屋で缶のプルタブを起こしながら)
あ、途中のおはなしが真実か虚構かは、みなさまのご想像にお任せします。よきにはからえ。いい方に、ポジティブに解釈しといて。
……
おまえ結局任せてないじゃん、って声が聞こえてきそうなので、今日はこの辺で失礼いたします。