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ワインソムリエ講座80/ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ(Brunello di Montalcino)
1. 概要と歴史的背景
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは、イタリア・トスカーナ州のモンタルチーノという小さな町を中心に造られる赤ワインで、サンジョヴェーゼ・グロッソ(地元では「ブルネッロ」と呼ばれる)100%で醸造されます。イタリアワインの中でも最高峰とされ、バローロやバルバレスコと並ぶ「イタリアの偉大な赤ワイン」として世界的に高い評価を受けています。
その名声の背景には、長期熟成に耐える構造とエレガンスを兼ね備えた味わい、厳格な生産規定、そして土地特有のテロワールが深く関わっています。
歴史的起源
• 19世紀中頃: フェルッチョ・ビオンディ・サンティ(Ferruccio Biondi-Santi)がサンジョヴェーゼの中でも特に粒の大きな「サンジョヴェーゼ・グロッソ」を選抜し、長期熟成型ワインの生産を開始。これがブルネッロ・ディ・モンタルチーノの誕生とされています。
• 1888年: 初のブルネッロ・ディ・モンタルチーノのボトルがビオンディ・サンティ家によってリリース。これにより、このワインは高級ワインとしての地位を確立していきます。
• 1966年: ブルネッロ・ディ・モンタルチーノはイタリアのワイン法における「DOC(原産地呼称統制)」に認定。
• 1980年: イタリアで初めて「DOCG(統制保証付原産地呼称)」に昇格。この認定は、品質の高さと生産基準の厳格さを保証するものです。
2. 生産地とテロワール
モンタルチーノはトスカーナ州シエナ県の南に位置し、標高120〜650メートルの丘陵地帯に広がっています。この地域は、温暖な地中海性気候と複雑な土壌構成により、サンジョヴェーゼ・グロッソの完璧な成熟を可能にします。
気候
• 温暖かつ乾燥した気候: サンジョヴェーゼが完熟し、タンニンがしなやかで熟したワインを生み出します。
• 標高と方角: 標高が高い畑は酸味とエレガンスを、低地はよりリッチでパワフルなワインを生みます。
• 日照と風: 十分な日照と穏やかな風がブドウの病害を抑制し、健康な果実の成長を促進します。
土壌
• ガレストロ(石灰岩混じりの泥灰土): エレガントな酸味とミネラル感を与える。
• クレタ(粘土質土壌): パワフルなボディと果実味を増強。
• 砂利質とシルト質: 柔らかなタンニンと繊細なアロマをもたらします。
3. ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの醸造と熟成
サンジョヴェーゼ・グロッソ
ブルネッロは100%サンジョヴェーゼ・グロッソから造られます。このクローンは果皮が厚く、タンニンと酸が豊富なため、長期熟成に耐えるワインが生まれます。
醸造方法
• 発酵: ステンレスタンクまたはセメントタンクで行われ、発酵温度は通常25〜30℃に管理されます。これにより、果実味とアロマを保持します。
• マセラシオン(果皮浸漬): タンニンと色素の抽出を目的に、通常15日から30日間行われます。
• マロラクティック発酵: リンゴ酸を乳酸に変換し、ワインの口当たりを柔らかくします。
熟成
• 規定:
• ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ: 最低5年間(リリース前に4年間の熟成が必要、そのうち少なくとも2年間はオーク樽で熟成)。
• リゼルヴァ(Riserva): 最低6年間の熟成。
• 使用するオーク樽:
• 大樽(スラヴォニアンオーク)を使用する伝統的スタイルは、ワインに繊細な酸味と土っぽいニュアンスを与えます。
• 小樽(バリック)を使用するモダンスタイルは、バニラやスパイスの香りをもたらし、より早く楽しめるスタイルに仕上げます。
4. ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの特徴と味わい
外観
• 深みのあるルビー色で、熟成と共にガーネット色に変化。
アロマ
• チェリーやプラムなどの赤系果実
• スミレやバラのフローラルな香り
• 熟成によりタバコ、革、トリュフ、スパイス、森の下草などの複雑な香りが加わります。
味わい
• 力強いタンニンとフレッシュな酸味
• バランスの取れた構造と長い余韻
• 熟成により、果実味が落ち着き、より複雑でエレガントなニュアンスが現れます。
5. フードペアリングとサービング
理想的なペアリング
• 肉料理: ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ(Tボーンステーキ)やラムチョップ。
• ジビエ: イノシシやシカ肉など、力強い味わいの肉料理。
• 熟成チーズ: ペコリーノ・トスカーノやパルミジャーノ・レッジャーノ。
• トリュフ料理: トリュフを使ったリゾットやパスタ。
提供温度とデカンタージュ
• 提供温度: 18~20℃。
• デカンタージュ: 若いヴィンテージは2時間ほどのデカンタージュが推奨されます。熟成されたヴィンテージは慎重なデカンタージュで澱を取り除きます。
6. ロッソ・ディ・モンタルチーノとの違い
**ロッソ・ディ・モンタルチーノ(Rosso di Montalcino)**は、ブルネッロと同じエリアでサンジョヴェーゼ・グロッソを用いて造られますが、熟成期間が短く、より手頃な価格と親しみやすさを特徴としています。
• 熟成期間: 最低1年間。
• スタイル: フレッシュで果実味が豊か、ブルネッロよりも早く楽しめるスタイル。
7. 主要生産者と注目すべきヴィンテージ
主要生産者
• ビオンディ・サンティ(Biondi-Santi): ブルネッロの祖とされ、クラシックで長熟型のスタイルを代表。
• カステッロ・バンフィ(Castello Banfi): 近代的な設備と技術で品質向上に貢献。
• ポッジョ・ディ・ソット(Poggio di Sotto): 洗練されたエレガンスを持つワインで高評価。
• カパルツォ(Caparzo): 優れたコストパフォーマンスを提供。
優良ヴィンテージ
• クラシックな偉大な年: 1995年、1997年、2001年、2004年、2006年、2010年、2012年、2015年、2016年。
• 近年の注目ヴィンテージ: 2019年、2020年も高品質と評価されています。
8. 世界市場における位置付けと展望
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは、イタリアワインの中でも高級ワイン市場において確固たる地位を築いています。特にアメリカ、ドイツ、日本、中国市場での人気が高く、オークション市場でも高額取引が行われています。
市場の動向
• 高級ワイン市場でのプレミアム化: ブルネッロはその品質と希少性から高級ワインコレクターに人気。
• サステナブルな生産への移行: オーガニックやバイオダイナミック農法を採用する生産者が増加しており、今後もこの傾向が強まると予想されます。
9. まとめ
ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは、サンジョヴェーゼの最高峰として、エレガンス、力強さ、そして長期熟成能力を兼ね備えたイタリア屈指の赤ワインです。その歴史的背景、厳格な生産規定、ユニークなテロワールが相まって、世界中のワイン愛好家や専門家から高い評価を受けています。
特に、イタリアワインの深い世界を探求したい方や、熟成によるワインの変化を楽しみたい方にとって、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノは外せない存在と言えるでしょう。