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ワインソムリエ講座40/禁酒法とワイン

アメリカの禁酒法(Prohibition, 1920年~1933年)は、ワイン産業に多大な影響を与えました。この時期にワイン生産や消費のあり方が大きく変わり、アメリカのワイン業界に長期的な影響を及ぼしました。以下に、禁酒法とワイン産業の関係を詳しく解説します。

背景:禁酒法とは

禁酒法は、1920年に施行されたアメリカ憲法修正第18条と、それを実施するボルステッド法(Volstead Act)に基づく法律で、アルコール飲料の製造、販売、輸送を禁止するものでした。これは、禁酒運動(Temperance Movement)の影響で成立しました。

禁酒法がワイン産業に与えた影響

1. ワイナリーの閉鎖
• 禁酒法施行前、アメリカには約1,000のワイナリーが存在していましたが、多くのワイナリーが閉鎖に追い込まれました。
• 禁酒法終了後に営業を再開したワイナリーは、わずか100軒程度でした。
• カリフォルニア州など、主要なワイン生産地でも大規模な打撃を受けました。

2. ワイン生産の例外:宗教用ワイン
• 禁酒法の例外規定として、宗教儀式用のワイン(特にカトリック教会のミサ用)が認められました。
• これにより、一部のワイナリーは宗教用ワインの製造に転換して存続しました。
• その結果、一部の教会が異常に多くのワインを購入するようになり、宗教用ワインの名目での違法販売が横行しました。

3. 家庭用ワイン生産の合法化
• ボルステッド法の規定では、家庭でのワイン生産は年間約200ガロン(約760リットル)まで許可されていました。
• これにより、多くの家庭でワインが自家醸造されるようになり、ブドウの需要が急増しました。
• **「ワイン用ブドウのルネサンス」**とも呼ばれ、特にカリフォルニア産のブドウが人気を集めました。
• 品種としては、耐久性が高く輸送に適した「アリカンテ・ブーシェ」などが広く栽培されました。

4. ワイン品質の低下
• 家庭用ワインの生産増加に伴い、品質よりも量産が重視されるようになり、低品質のワインが一般的になりました。
• 多くのブドウが大量のアルコールを得る目的で栽培されたため、ワインの味わいよりもアルコール度数が重視されました。

5. ワイン文化の停滞
• 禁酒法の影響でワイン消費の文化が大きく後退しました。
• 高級ワインの生産や消費が激減し、ワインが「文化的飲料」ではなく「アルコール源」として見られる傾向が強まりました。

禁酒法終了後のワイン産業

1. 禁酒法撤廃と再建
• 1933年の禁酒法撤廃(憲法修正第21条)は、アメリカのワイン産業にとって再出発のチャンスとなりました。
• しかし、ワイン産業は禁酒法の影響で壊滅的な打撃を受けていたため、再建には時間がかかりました。

2. 禁酒法による影響の持続
• ブドウ品種の偏り: 禁酒法時代に生産された低品質のワイン用ブドウが広がり、高品質な品種の復興には数十年を要しました。
• ワイン文化の喪失: 禁酒法時代にワイン文化が途絶えたため、1930年代以降もアメリカのワイン市場はヨーロッパ諸国に大きく遅れをとりました。

3. モダンワイン産業の復活
• 第二次世界大戦後、ワイン業界は徐々に復興し、1960年代から1970年代にかけてカリフォルニアを中心に品質向上の努力が進められました。
• 禁酒法時代の打撃から完全に回復するのには、数十年を要しました。

禁酒法がワイン産業に与えた教訓
• ワイン産業が国家の政策や社会運動の影響を受けやすいことを示した。
• 禁酒法がもたらした一時的な混乱を乗り越えることで、現代のアメリカワイン産業は再び世界の舞台に立つようになりました。

禁酒法の歴史を深く理解することは、ワイン産業の変遷だけでなく、文化や法律がどのように食品や飲料に影響を与えるかを知る上で重要な事例です。

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