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忍殺トリロジー感想/書籍第三部(3)『キリング・フィールド・サップーケイ』(上)
◇注意◇
現行AoMシリーズからニンジャを読んだ人が、
旧三部作(トリロジー)に戻って色々読んだ感想記事です。
感想の中でAoMのお話もします。
初めましての人は初めまして。お馴染みの方はいつもありがとうございます。望月もなかです。
『ニンジャスレイヤー』を第一部半ばで中断、六年越しに『スズメバチの黄色』⇒AoM経由で出戻り、AoM最新話を実況する傍らで旧三部作をマイペースに追いかけている人です。トリロジー感想ではお久しぶりです!
間が開きましたが、物理書籍、第三部の三冊目を読みました。各エピソードの密度が上がってきているのをひしひしと感じます。読みごたえがあって嬉しい。
◆
前回感想はこちらです。※物理書籍未収録エピソード
◇◇◇
今回読んだのはこちら。
ニンジャスレイヤー第3部 ♯3/キリング・フィールド・サップーケイ(上)
繰り糸は音もなく忍び寄り人々に絡みつく。欲望都市ネオサイタマに生きる人々を、ニンジャすらも、アマクダリ・セクトの悪意がしめやかに蝕んでゆく。
【ミューズ・イン・アウト】
彼女が拾った三文物書きは、このところ様子がおかしい。けしてフスマを開けてはいけないと言う。他愛もない会話ができなくなった。彼女の目を見ない。新刊だけが、不似合いなほど売れ始めた。彼女は開かずのフスマを見る。その向こうに。何が。
◆
このエピソード名、見覚えがあります。新刊が出ないやつです?
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「うえっ、こいつはひどいな。まるでツキジだぜ」チーフマッポが思わず口を押さえた。細い路地裏はあたかも、何十匹ものマグロがネギトロ・グラインダーに放り込まれたかのような大惨事だ。
えっ(いきなり躓いた)
魚市場だからってそんな……血まみれグロテスクな光景にはならないですよね? だいたい、普通は冷凍のまま中落ちとか切り身とかにして……そこから叩くわけだから、血抜きもせずにマグロ一本を丸々マッシャーにかけて潰すわけじゃないですよね? えぇ…不安になってきた。
調べてみました。
よかった、常識がグラインダーに放り込まれたわけじゃなかった。ネオサイタマの常識がネギトログラインダーに放り込まれていただけ!
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『……次のニュースです。画期的なドゲザ・サービスを導入することで、追加コスト無しに上半期の株価を三十パーセント伸ばすことに成功したヨロコビマートに対し、老舗コケシマート者の逆襲が始まります。(略)』『出口で必ずドゲザされるのは気持ちがいいね』
は?
ちょっとよくわからない。ネオサイタマの人々が信じられなくなってきた。本当にドゲザ・サービスされて気持ちいいんですか? 人に頭を下げるたび壊れていくものがあるって『十二国記』の慶王も言ってましたよ! どうかと思うなあ!
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もしかしてこの話、ホンガンジさんがニンジャとして殺戮しまくることでインスピレーションを得ているんでしょうか。リアリティ追及のための殺戮なのか、殺戮が先に来て、インスピレーションが後なのか。
ニンジャソウル=ミューズなのか、ニンジャソウルが宿ったことでミューズを失い…実際の殺戮状況を「見たまま書く」ことしかできなくなってしまったのか。
ホンガンジさん本人は前者だと感じているようですが、真実は後者ではないか?という気もします。主観をどこまで信じていいのか、疑わしいですね。
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「ヤブサメ運動シミュレータの調子が悪いんだ。ちょっと見てくれないか?」(略)「別に、どこも変じゃないわ」「「ワイヤーフレーム虚無僧を射ても何も反応しないんだ。実際やってみて」
ワイヤーフレーム虚無僧
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一時的狂気に陥った女医は、自らの心理状態とニンジャの異常性を、象徴心理学を駆使して理知的に説いた。「富士山……鷹……ナスビ……ンアーッ……全て、死のシンボルよ……」
そんなわけありませんが。初夢でも見てるんですか?
百歩譲って富士山はわかります(でも逆じゃないです? 不死ですよね)が、鷹とナスビはぜったい違うと思う。
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日に日に人間離れしていく男、彼を心配しながらも仕事の内容には口を出せない女。愛はまだあるけれど、心の距離は開いていく。その象徴のような、けして覗いてはいけない部屋を、マツモトさんは気にしはじめます。
「絶対に……俺の作業部屋に入らないでくれよ」
わかってきたぞ。
つまりあれですか。ニンジャソウル憑依現象を人外変化とみなし、日本民話の異類婚姻譚をニンジャでやろうとしてるってことですか?
「雪な……」ホンガンジとクラブで出会ったのも、一年前の雪の日だった。
ふむ。季節的にも雪女がモチーフでしょうか。
動揺した彼女は右往左往し、作業机の上に、UNIX画面に、そして部屋の隅のクロゼットに、そして再び窓へと目をやった。ここでふと、彼女は何らかの違和感に気付いた。この一連の動作の中で、何かこの世に存在してはならないものを見た。
ここ…いい文章ですね。
丁寧で、ひたひたと迫る終わりの予感が冷ややかで。
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「ああ、見てしまったか」(略)「マツモト=サン、何故、あれほど言ったのに、フスマを開いちまったんだ。俺はニンジャなんだ。いつかこの日が来るとは思っていた。終わりだ。もう全てが終わりだ」
完全に日本民話じゃないですか!
「ドーモ、ブラッククレインです」ニンジャは鎖鎌を構えた。
鶴やん。こいつ鶴だよ。鶴の恩返しじゃん!!?
はっ! それで武器が鎖鎌なの!?
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なるほど~。(なるほど〜?)
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なんというか、こう、身につまされるエピソードでした。例えば私にニンジャソウルが憑いて、それきりさっぱり文章が書けなくなってしまったら……と思うとつらいです。そしてもし、暴力に身を任せたときだけ思うように筆のノリが戻ってくるのだとしたら、内なる囁きに抵抗し続けられるのかと考えると、無性に悲しくなって…きて……
マツモトは何か霊感に導かれるように、古事記を読み進めた。偶然にもそれは、古事記に語られしクレイン伝説に酷似していたのだ
何で古事記に鶴の恩返しが載ってるんだよクソが!(電子書籍タブレットを裏返し、キレる!!) ハァッハァッ
悲しい気持を返してくださいよ!
……いやでもイザナミが根の国で「絶対に見ないでください」してましたから、古事記に類似伝説があったとしても、完全な勘違い日本というわけじゃないかもしれない…設定的には許容範囲なのかも……。
なんでしょう、この敗北感。
ところどころ(そんなわけないだろ!)感ありましたが、「初雪な…」の締めがあまりに美しかったので許してしまっている自分がいます。悔しい。
ネオサイタマの人々は悲しみに溢れながらもたくましく、その姿を見ていると、私もなんとか人生をやっていこうかな、という気持ちにさせられます。良い短編でした。
◇◇
【ワン・ガール、ワン・ボーイ】
ひとつの肉体に二人の魂。歩き慣れぬネオサイタマの路地を行くのは赤い髪の少女であった。生活の目途も立たぬまま立ち寄ったライブハウス「壁」で、ブレイズは日雇いボディガードを頼まれる。
◆
彼は優しく笑うだろう、そして、大丈夫だよ、と言うだろう、そして彼女は打ちひしがれるだろう。このまま、九十九パーセントの推測を百パーセントの真実にすることを拒みたい。
良すぎる~。
この夢、イグナイトさんの過去みたいですね。
おそらく発火能力が何らかの理由で暴走して、クラスメイト全員焼き殺してしまったのかな? お父さんは彼女に優しかったからこそ罪を背負いきれずに自殺して……えっ、もしかして、それで「おばあちゃん子」なの? だとしたら悲しい。キツい。
「いや、平気ッてのは、さっきまでの状態がもうないって事。(略)アンタ……君はさっきの記憶に閉じ込められていて、アー、多分、防衛反応だと思うんだ、でもそれは自家中毒っていうかさ、あのままじゃマズくて……」
恐ろしい記憶から助け出してくれるシルバーキー氏 in 銀の浜辺。
昔からこういうことをしていたのですね。何の見返りもなく血小板みたいに条件反射で人の心を救い続ける姿、美しいと同時に心配になります。AoMでも登場早々同じようなことをしていましたし、もはや業ですな。業。
◆
「ハッケ!」「ハッケ!」ハッケ・プリーストの集団がストリートの人々にキアイを送る仕草をしながら練り歩く。
なにこれ。
「ウオー!」客の一人がステージによじ登り、ヴォーカリストを殴りつけた。マイクを奪って叫んだ。「オスカー・ワイルド曲解してんじゃねえ!」
なにこれ。
さっきから歌詞にあった王子って幸福の王子のこと……? あそう……。
◆
銀の浜辺でイカケバブを具現化しようと頑張るシルバーキー氏が面白いですが、AoMを知っているとなかなか味わい深い描写だなと思います。この延長線上にゾーイちゃんとの美味しいごはんもぐもぐ家族団欒があるのかぁ。
「ギルド、なくなっちまったのな」(略)「双子のニンジャと知り合いだろ」「アンバサダー=サンか?」
イグナイトちゃんにとっては「双子=アンバサダーさん」なのが分かってフフッ…ってなります。上司部下でありながら、どこか気の置けない関係性が好きだったので嬉しい。
「フェイタル=サンは?」(略)「生きてるんじゃねえかな……」「大ッ嫌いだったんだよ、あのネエちゃん!」
かわいい。この「大嫌い」が憎しみとか恨みとかじゃなく、本当に言葉通り純粋に「キライ」なだけ、っぽいところがいいな~と思います。
例えば死んでいてほしいとか、生死を聞くほどの興味もなかったりとか、そういう感情とはまた違っているところが好き。生死不明の元同僚の中で、好悪は別に、名前を思い出して消息を一応聞いておこう、と思うくらいには気にかけているんですよね。
双子はいまキョートでしょうか。フェイタルさんともども、また何かのエピソードでお会いしたいです。
◆
「ローカルコトダマ空間ってのは、潜在意識だから、自分で意図したものを作るっていうのは大変なんだ。その人にとっての、ある種の切実さ……強烈な記憶の焼きつき……そういうものが大事なんだな」
えっ!?
えっ……
す、すみません急にAoMの話をしてもいいですか……
あの、あのじゃあ、この、マスラダのローカルコトダマ空間で本物同然に会話し自律行動しているタキさんとコトブキちゃんって……
00100101……ニンジャスレイヤーは己を、ピザタキの店内で見出した。(略)「オウシ! オウシッ! オウーッ!」タキが台に腰を打ちつける。
「小麦粉をこねたいのですが」コトブキがカウンターの向こうから顔を上げた。「こね棒みたいなもの、ありませんか?」「ア? あるわけねェだろ! 冷凍ピザの在庫はキッチリあるはずだぜ」
すごい、すごい流れ弾を、喰らっている。
ある種の切実さ。
記憶の焼きつき。
そういうもの……そういうものですか。そう。そうですか。
マスラダ、じゃあなんでピザを食べないんだ……
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「生き方ッてのは、見た目だろ」というブレイズちゃんの言葉が深い。彼女が言うからこその説得力があります。
◇◇
ブレイズが偶然訪れたライブハウス「壁」は、ネオサイタマ社会情勢の中で閉業を余儀なくされていた。ラストライブには、伝説の「アベ一休」参戦と囁かれている。用心棒として仕事を頼まれたブレイズは悪徳警官相手に大立ち回りを演じることになるのだが……
◆
「『ヨタモノ』知ってるでしょ。あったでしょ。ムコウミズの『ヨタモノ』」「アー。ライブハウスか。燃えただろ」(略)「復活させたいのね」
なんか聞いたことあるな~くらいに思っていた「ヨタモノ」ですが、なるほど、第一部屈指の傑作【キックアウト~】の舞台となったライブハウスでしたか!(というか読み返したらニンジャスレイヤー=サンが燃やしたライブハウスだったんですか……)
第三部の1冊目収録【ザ・ファンタスティック・モーグ】でブレイズちゃんの働いていたライブハウス名が「ヨタモノ」だったということは、時系列はこれより後になるんですね。無事復活できたみたいでよかった!
◆
「スゴイ! スゴイスゴイ寒い! フンフンフフーンなにか! フンフンフフーンなにかスゴイ! ……キモチ!」ヘナヘナのギターを鳴らしながら、ボンズヘアー青年がマイクに食らいつく。(略)だが全てのタイミングが少しずつズレている。
やめて!! 刺さる! イヤな角度で深く刺さる!!
嵐の海で空中に弾き飛ばされるバイオマンボウめいて、下から押し上げられた観客が酒の飛沫とともに乱舞する。
バイオマンボウが何なのかまるで分らなくても手に取るように映像が脳内再生される素晴らしい文章だと思いますがそれでもマイクを握らせてもらいます。「聴いてください。バイオマンボウなんていない」ギュウイィイン! ドラムロール!「マンボウなんていない! いたとしてもバイオじゃない! いないったらいない! 俺は認めない!」「ウオオーッ!」
◆
赤熱した拳で横暴警官をぶっ飛ばすブレイズさんめちゃくちゃカッコイイ!
暴力がダセエと思っていながらも、守るためなら必要に応じて容赦なく使ってくるところもカッコイイです。
「なぜ俺の毒が効かんのだ?」「アアッ?」ブレイズの目が怒りに燃えた。身体のあちこちから炎が噴き出し、火の粉が舞う。「毒? そんなもん、焼けちまったンじゃねえの? 今アタシ体温何度あるのかな?」
かっけえ~~~~~~~~~~~~!
ブレイズさん、かっこいい!かっこよすぎる!!!!
痺れました。このセリフ、このタイミングで発するとこんなにギラついてかっこよく聞こえるんだ……!
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ブレイズの胸中に様々な感情が去来した。彼女は歯を剥き出して笑い、キツネサインを返した。
よかったねえ。
笑顔が無邪気でまっすぐで、音楽に対するときの態度はぶっきらぼうながらも常に真摯で。はっきりそうと描かれていなくても、ブレイズちゃんが本当にパンクが大好きで、つらいことがあったときにそのおかげで救われたんだろうなということも、ちゃんとわかります。
まだまだ未来は不透明ですが、ネオサイタマで力強く生きていく姿を見ると、私も元気がもらえます。
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今回はここまで。
次の感想は『ハイク』『サップーケイ』の予定です。
それではまた、次回の感想でお会いいたしましょう。
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次の感想はこちら。
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【感想目次】
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