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大学生時代、スポーツ科学の授業が教えてくれたこと
人生の夏休み、といわれる大学生時代。初めてのアルバイトをしたり、サークル活動に精を出したり、季節を真っ向から感じたり。未来とも今とも言えない会話を続けて無意味に一夜を明かしたり、自分が感じる以外の何かを感じたくて一人で無茶な海外旅行をしてみたり、ただただ眠るだけの一日を過ごしてみたり。
社会人になるまでに遊び尽くせ、なんて言われるたった数年の期間は光速で過ぎてゆく。
私の大学生活は冒頭にあげたような、今思えば些末、だけどもそのときはどれもが毎日を占めていた。考えても仕方がないようなことで真剣に悩んだり、傷ついたり、笑ったりしていた。
とはいえ、もちろんそれだけが大学生活じゃない。
学生と呼ばれる最後の期間、それなりに授業もある。卒業までにとらなければならない「単位」なるものが決まっていて、それに該当する授業と出席日数、テストを通過しないと留年してしまうのだ。
その中でも私がとりわけ覚えている授業がひとつある。それは、「スポーツ科学」という名前の授業だ。
私が専攻していた学部では、その授業は必修ではなかった。それでもとったのは、私が卒業までにほしい2単位分が割り振られていたのと、時間の都合がちょうどよかったから。そんなどこにでもあるようなどうしようもない理由でとった授業を覚えているのは、ゼミの先生に授業の話を「大学生活の思い出」として話したからだった。
「たなべさんは、大学で何を学びましたか」
歌舞伎や落語が趣味のおばあちゃま系教授は、大学生活最後のゼミでそう聞いた。
「そうですね……」
初めてのアルバイト、サークル活動、季節ごとのイベント、無意味に明かした一夜、海外旅行、惰眠をむさぼった1日、出会ったたくさんの人たち、時間が解決してくれる問題。大学生活はなんでもありだった。だから、なんでもあった。
答えに困ったけれど、「そういえば」と私はスポーツ科学の授業を思い出したのだ。
「大学生活では、いろんなイベントとか思い出とかたくさんあるんですけど、でも、スポーツ科学の授業は忘れられないです」
「ほほほほ。スポーツ科学、ですか」
ナチュラルに「ほほほほ」と手を添えて笑うこの教授が大好きだった。この教授のゼミが大好きだった。
「それは、どうしてですか?」
「当たり前のことを、言葉にするのは難しいんだなって思ったからです」
「ほお、なるほど」
「その授業で投球フォームのフェーズの話が出てきて」
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「投球を始めるとき、踏み出したとき、ボールを離した瞬間、投げ終わったとき。実はフォームのそれぞれに名前がちゃんとついているんですよ。私は今まで投球っていう一個の動作、一連の動作だと思っていたのに違うんです。いち動作いち動作、言われてみれば、みたいな名称がついてる。
当たり前だと思っていること、当たり前のことに当たり前のような言葉をあげること、それが実は難しくて、でも聞くと『ああ、確かに』ってなる。スポーツ科学はそういうことを教えてくれる授業でした」
「ほほほほ、それはすごい発見ですね」
ご褒美です、と言って手渡されたのは個包装されたブルーのアルフォートだった。その教授の部屋で行うゼミは、いつもお茶とお菓子が用意されていて、授業というより毎回毎回お茶会のようだった。
「たなべさん、卒業おめでとうございます」
ほほほほ、と笑う教授は手を口元に添えていた。
あれから3年が経とうとしてる今。またスポーツ科学の授業を思い出す。当たり前のことに、「そりゃそうだよ」と言われてしまうような当たり前の言葉をあげる。
だけどそれが何よりも難しい。だから、今日もまた私はこうしてちょっと思い出した出来事を書いて、自分の思っていることを書いて、自分の当たり前だと思う輪郭をくっきりとさせていくのだ。
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