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テストじゃないから。人生の答え合わせは、今よりもずっとあとで
小中高で受けたテストは、だいたい数日で答え合わせだった。丸かバツかがついた答案用紙が返されて、返された日の授業で答え合わせをした。
国語なら出された文章の中から答えの導き方を答え合わせして、数学なら解き方を答え合わせして、英語なら日本語への訳し方・英語への変換の仕方を答え合わせした。
もっといえば、私が大学に入学するために受けたセンター試験は確か、その日のうち? 次の日? に答え合わせがあった。答えはすぐにわかるものだと、学生の私は思っていた。
ただ、人生の答え合わせというのは、意外なところでやってくる。数ヶ月、数年、下手したら数十年後に答え合わせ、なんてこともある。
例えば、高校のときの友達と高校時代のことを話すと、「え、そうだったの?」と思うことがよくある。高校生だった私から見れば、彼女はいつも楽しそうで伸びやかで、志望大学にも入って順風満帆な道を歩んでいると思っていた。しかし実のところ、不安で泣いた夜があって、将来について親と口論したことがあって、模試の判定が思ったものじゃなくて進路を迷っていた、なんてことがある。私は、自分だけがいっぱいいっぱいで、当時は彼女をずっと羨んでいた。いろんなことが順調に進んでいて、いいなとばかり思っていた。そんな私の気持ちも、答え合わせをしたときに彼女は知ったようで笑っていた。「そんなふうに見えてたんだ(笑)。私は逆に、ずっとあなたが羨ましかったよ」と。
また別のところで。大学時代の友達と、大学のときに起きた大きな事件について話していたら、「あのとき私は、ずっとめんどくさいなと思っていた」という発言が飛び出したことがあった。「え、まじで?」だった。その事件に関しては、彼女が一番苦心していて、頭を抱えていて、いろんな解決策を真摯に模索している姿が印象的だったからだ。「うん。正直どうでもよかったんだけど、体裁上、そうしておいたほうが良いかなと思って」。
人生の答え合わせは、すぐじゃない。むしろ、ずっとずっと先になってわかることのほうがいい。だから、きっと先に行けば行くほど、今だって面白くなると思うのだ。
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