冷凍唐揚げと、目の温度が一緒になる
昨日。けっこう落ち込んで、ひとりで泣いた。
何かがあったわけじゃない……というのは嘘が混ざってるから、やっぱり外部要因もある。普段であれば受け流せるはずだったのに、昨日はうまく処理できなかった。
髪の毛が詰まった排水溝みたいに、少しずつ溜まった澱が穴を塞いで、いつも通りの排水がうまくいかなかった結果だった。
打ち合わせが終わって家に帰っても、まだ仕事が残っていた。パソコンを開いた瞬間、ぽろぽろと涙が落ちた。
連絡しなきゃいけないことがあるのに、タイピングの手が何度も止まる。涙を拭いては、文字を打ち、拭いては打った。
こういうとき、私は独り言がめちゃめちゃ多くなる。まるで、2人の私が話しているようだ。
「もおぉ、打たれ弱いんだから〜」
「いや、でもだって、あれは我慢ならないよぉ」
「大丈夫、大丈夫、うまくやってるって私は」
「でも……もっと受け入れてもらって仕事がしたいよお」
「逆境っていうじゃない? それが今なんだよ! かっこいいじゃん!」
相反する私と私。
ちゃんと参っている。だけど、ちゃんと前を向きたいとも思っている。それが「1人」という器の中だとうまく消化しきれないのだ。
最終的には、我に帰るように私が帰ってきて「もう終わった?」なんて聞く始末。「じゃあ、明日からも私をやっていきますか」そう言って、立ち上がる。
冷凍の唐揚げをチンしていたのだ。レンジから出すと、スパイシーな香りが部屋に広がる。
ふわふわとたつ湯気が熱い。
かさかさに乾いたほっぺが引っ張られて少し痛いけど、唐揚げは美味しい。私の目と同じぐらいの温度。チンしすぎてしまった。
「泣きながらご飯食べたことがある人は、生きていけます」
坂本裕二さん脚本のカルテットで話題になった名言が頭に浮かぶ。
私は明日も、私で生きていける。
”終わりよければすべてよし” になれましたか?もし、そうだったら嬉しいなあ。あなたの1日を彩れたサポートは、私の1日を鮮やかにできるよう、大好きな本に使わせていただければと思います。